全てのものに慈愛に満ちた眼差しを向ける彼は、その実何も愛していないのではないか。
そう思ったのは、いつだっただろう。
自分さえも愛さずに、彼は人々に慈しみを向ける。癒し、いたわり、励まし、支える。
どうして、そう問い掛けることは出来ない。彼がひどく悲しい微笑をすると、自分は動けなくなってしまうのだった。
形容し難い衝動が身体中を駆け抜けて、泣き出してしまいたくなる。微笑みかけてあげたくなる。逃げ出してしまいたくなる。抱き締めてあげたくなる。
全てが混ざりあって、自分は結局何も出来ないのだ。すがりつくには大きすぎ、まもりきるには小さすぎるこの手。すきだからそばにいて、と泣きつくことも、好きだから守ってやる、と抱き締めることも出来ない両の掌。
もう少し小さければ、もう少し大きければ、
俺は彼を救えただろうか。



生温い涙が頬を伝う感触で目を覚ました。
何度もみた悲しい夢。目覚めた時夢の内容は全く覚えていないのに、ただただ悲しくて、音もなく涙は零れる。むなしくて、さみしい。
マリアやガイの寝顔を見て、俺が守ってやらなくちゃと思うのと同時に、きっと俺では駄目なんだと、諦めたときもあった。でも彼らはずっと側に居てくれている。平和が訪れた今も、ずっと。

喪失が、時に連れ去られて次第に過去のものとなっても、ふいにそれは襲ってきた。月の綺麗な晩、静かに凪いだ水面、音のない雪景色、目映い一面の花畑。美しい風景の中にこそそれは潜んでいて、時折瞼を震わせる。

そして俺は手を伸ばす。
届かなかった腕を伸ばして、もう二度と掴めない何かを、必死に探すんだ。


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