「おれ、ミンウのこと」
す、と伸びてきたしなやかな人指し指が唇に触れ、その続きを紡ぐことを拒んだ。
「フリオニール、言ってはいけない」
指がするりと離れていく。真っ直ぐにこちらを見る瞳。
ミンウの、青い瞳。
「ミンウがおれみたいな子供のこと相手にしてくれないのはわかってる、でも」
「そうじゃない。違うんだ」
違うんだ。もう一度そう繰り返し、彼はそれきり何も言わずただ首を振った。白布の下の微笑はいつもの優しいそれではなくて、何処か辛そうに、淋しそうに形作られている。
「どうして」
ぎゅ、とどこがが締め付けられるような気がした。
元より彼が、自分を同じように好いてくれるとは思っていなかった。彼が与えてくれる好意は共に戦う仲間としての、また護るべき対象としての優しさに他ならない。そんなことはわかっていたが、この心は変わらなかったのだ。
染みるように、焦げるように、じわじわとそれはフリオニールを侵食した。
口にしたら、彼を困らせてしまうのもわかっていた。しかしどうしようもなく質量を増す気持ちに、これ以上嘘を吐くことは出来なかったのだ。
伝えることさえ、拒まれてしまうなんて。

「……君と」
「え?」
「君と、のばらの咲く野を歩けたらどんなに幸せだろう。風は柔らかくて、遮るものは何もない。君の手をとって私はいつだって、何処へだって行ける」
「ミンウ……?」

「そんな世界が、来るのならば」

変わらずこちらを見つめ、細められた瞳が揺れる。

「来るさ!そのために俺たちは戦ってるんじゃないか!」
何か言うよりも先に、思わず抱き締めていた。
ミンウは何も言ってはくれない。
いつも暖かく微笑んでいる彼が、こんな、こんなふうに、
離したら戻ってこないような気がして、彼を抱く腕に自然と力がこもった。ああ俺の方がよほど泣きそうじゃないか。
別に、好きになってくれなくたって良いんだ。ただどこにも、いかないでほしくて。
「すまない、こんなことを言うつもりじゃなかったんだ」
いつものように彼が優しく頭を撫でる。
子供をあやすような手付きに恥ずかしさが勝って、慌てて密着していた体を離した。ごめん、急に。うまく言葉が出てこなくて、頬が熱くなるのがわかる。
ミンウが、泣きそうに見えたんだ。だから
「フリオニール」
優しく微笑む人。全てが、ほどけていく気がする。ふわり、そこに境界線などなくて、ただ暖かいものが流れ込む。
ああそれが優しさだと、わかっている。
「勝手なことを言うようだけれど、君を苦しめたくない。だから私はその気持ちに応えられない」
ミンウの手が視界を覆う。優しい手。暖かい手。
「忘れてしまいなさい。時が君を救ってくれる。」
きっと、悲しい顔をしてるのを見せたくなかったんだろう。
再び光が戻ったとき目の前にいたのはいつもの、おれの大好きなミンウだった。

優しさが辛いものだと、おれはそのとき初めて知ったんだ。



受け入れることが、おれを苦しめることになる。
彼がそう言った意味を知ったのは、それから暫く経った後だった。あの塔の、最上階で。

彼は全てわかっていて、だからあんなことを言ったんだろう。

穏やかな世で共に歩けたらと、そう言った貴方の幸せは何処にあったのか。あまりにも多くの犠牲の上に築かれた平和。のばらが咲き乱れて、でも、貴方は居ない。何処にもいけない。この心も。
重く沈んで、そうしたら、彼が言うようにいつか忘れてしまうのだろうか。

わからないよ、ミンウ。何も、わからないんだよ。
涙が止まらないんだ。貴方が居ない。貴方が居ない。貴方はもう、何処にも、

伝えることの叶わなかった言葉を、そっと呟いた。
例え別れが変えられぬ運命だったとしても、だったら尚更、触れたかった。愛していると、叫びたかった。
おれの幸せは貴方の元にあるんだと、あの時強く言えていたなら
何か、変わったかもしれない
変わらなかったかもしれない
人々は歌い、笑い、幸せを奏でる。確かな喪失を抱えながら、それでも強く生きていく。

貴方は生きろと言った。
だから、おれは生きるんだ。いつの日か答えを見つけて、会いにいくから
その時には、もう一度。




柔らかい風が髪を揺らす。貴方が微笑んでくれたような、気がした。

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