なにもかも、なくした。
コーリンゲンに辿り着いてもう半年ほどだろうか。3ヵ月以上、怪我のせいで全く動くことが出来なかった。何をすることもなく、もう二度とブラックジャックで空にあがることはないのだと、そればかり。手に入れたその時から、あの飛空艇が全ての中心だった。夢も人生も、俺の全てを、あれにのせていたのだ。
落ちるときは落ちるものだと、それは嫌と言うほど、わかっていたというのに。

もう二度とブラックジャック号を操ることはない。それどころか、俺の艇でアイツらを死なせてしまったのかもしれないのだ。ティナの手がすり抜けていった感覚が、いやに鮮明に蘇る。しかし艇がなければ探すことも出来ないし、悲観しても仕方がないと思っていた。
ただ、フィガロ城が砂の中に閉じ込められていることを知って、そして、エドガーは死んだのだな、と。やけに冷静に考えた。そんな自分が可笑しいくらいに、頭の芯はどこか冷めていた。
あの男が生きていたら、放っておくはずがないのだ。何よりも愛していたフィガロをあいつが見捨てるはずがない。城の機械仕掛けについて話していたときの笑顔は、忘れようもない。
情報を集めようとしても城の状態は全くわからず、ただあの日以来国王が行方不明であると知るばかりだった。

何もする気にならず、ふらりと、砂漠まで出る。
コーリンゲンからフィガロの砂漠までは近い。いつも空から見下ろしていた黄金色は、大地に立ってみればひどく広大だった。この下に埋まっているのだろうか、あの城が。アイツの、全てが。
つま先を埋める砂を手に取る。もちろん掴めるはずもなくて、それは握ったそばからさらさらと流れ出ていった。
黄金色に目が眩んで、見上げてみれば空が赤い。
世界が引き裂かれたあの日から、ずっと。翼も、居場所も、何よりも愛していたあの青い空すらも、既にない。

気付けば、あの一年のことを思いだしていた。ダリルは帰って来なかった。頭の中ではわかっていたのに、一年間、俺は待ち続けた。墜落したファルコンを見つけて初めて、それを受け入れなければならないのだと悟ったのだ。覚悟なんて出来ていなかった。ただ諦められなかった。信じたく、なかった。

ファルコンを眠らせたあのとき。目標とライバルと親友とを一度に失ったあのときにも、俺にはブラックジャック号があった。空はただ、どこまでも平等に青かった。それだけはずっと、変わらないのだと。そう、思っていた。

なあダリルよ、今はどうだ。いったい俺に何が残っているというのだろう。何もない。でも俺は生きているのだ。全てを失っても、この身体は機能を止めない。
何のために生きているのか。そんなことさえ、わからなくなってしまった。だから俺はここに居る。馬鹿みたいに、ただここに居るだけ。あの一年を経てもなお、諦められないのだ。ここにいればきっと、あの城だって、もしもあの男が、生きているならば。

再び掴んでも、黄金色の砂は指の間をすり抜けていく。掌にわずかに残ったそれさえ、風がさらっていくのだとしても。ああそれでも、俺はまた。

立ち尽くして仰ぎ見る空は、どこまでも赤い。
なあ見せてくれ、アンタの色を。
青い、青い、あの空の色を。



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