振動を許さないとでもいうように、ぴんと張りつめた空気。セッツァーはエドガーの真剣な横顔に、射抜くような視線を向け続けていた。
ゆっくりゆっくりと、エドガーが歯車をはめる。かちり。音がして、それがあるべき姿に戻ったことを知らせた。
昔からこの瞬間が、何よりも好きだ。自らの手でこの大きな機械に命を吹き込む瞬間。ああなんて素晴らしい。きっと今作業している金髪の男も、そう思っているのだろう。それが俺たちの唯一といっていい共通項だ。
機械というものは、どこかひとつでも部品が欠ければ全体が機能しなくなる。無駄なものなど一つもなく、すべての部品が、課せられた己の役割を果たしている。こんなに複雑な構造を持つ飛空艇でもそれは同じだ。むしろ複雑であればこそ、それは繊細で美しい。
エドガーが工具を持ちかえ、慎重にねじを巻く。オイラーで油をさして、そうだ、それはあくまでも極少量。


「任せるんじゃなかった」
半分ため息で構成されたセッツァーの声を合図に、エドガーもふう、と大きく息を吐いて立ち上がった。
「見てられなかったかい?」
「ああ、危なっかしくてな」
見ているだけで心底疲れた。そう言いながら髪をかきあげる。こちらを見て嬉しそうに笑う金髪、そこに伸びた彼の手をぐいと掴む。
「つくだろ、油」
「ああ」
丸くなった瞳はすぐに細められて、彼はまたふふふ、と嬉しそうに笑うのだ。
「髪、かけてくれないか」
声に促されるまま、柔らかい金糸をすくって耳にかけてやる。先程からやけに浮かれている男を見上げると、やはり嬉しそうな笑みを返された。なんだよ、呆れつつ問うても、その笑顔が消えることはなく。
「ありがとう、セッツァー」
なにか大切なものであるかのように、男は、俺の名を呼ぶのだ。


このファルコンも、ブラックジャックも、毎日の微調整を欠かしたことはなかった。天候や湿度など、刻一刻と変わる様々な条件に対応させるためだ。勿論どこもいじらない時もあるが、それでも俺は毎日ここへ来るし、この作業を誰かに任せたことなど今まで一度もなかった。
特にファルコンは誰にも触れさせたくなくて、あんな地下に眠らせていたのだ。この船はダリルのもの。彼女の夢であり、俺の夢でもあり、ダリルそのものであるといってもいい。アイツの、俺のおもいを、土足で踏みにじられたくなかった。

だが、今はどうだ。なんの関係もない男を、この空間に招き入れている。自分とは真逆の立場にいる男を。望まれたというだけで、いとも容易く。
誰にも触れさせず、ずっとまもってきた領域。俺の弱さと憧憬と、名前を付けられなかった感情と、そう、たいせつな。
その境界線を踏み越えることを、許してしまった。

「ありがとう、セッツァー」
宝物のようにひとの名を呼ぶ男は、俺のカードを明かしておいて、そのくせ自分の手札は隠したままなのだ。なにを怖がっているのかは知らないが。
待ってやろうと、思っている。彼が自らの意思でカードをめくるときまで。これが、惚れた弱みってやつなんだろうが。

そしてその日は、決して遠くはないのだろう。

見上げた二つのブルーは、どこまでも空の色だった。飲み込まれてしまう前に、男の胸ぐらをぐいと掴んで、その唇に噛み付くのだ。


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