国王の金糸はフィガロの象徴だ。果てのない砂漠の色。そして、碧眼もまた尊ばれる。貴重な命の源、水の青。
だから、髪を染めた。この金の髪はあまりにも目立つ。フィガロ国王としての知名度は、正確に認識しているつもりだった。盗賊たちを牢に入れていた本人としては、正体を明かすわけにはいかない。

何色でも良かったのだ、金でなければ。銀色にしてから、やっぱりやめておくんだったと、ひどく後悔した。
特に理由はなかった。ただ彼の、姿が、よぎったから。
傷んだ銀色を手で弄ぶ。自分のものではないみたいだ。でも、彼のものでもない。それだけのことが、苦しかった。もう二度と会うことはないかもしれない彼の、癖のある銀髪が、ふわり。

今フィガロ以外のことを考えるのは、なにか重大な裏切りのような気がする。ゆるく頭を振り、宿屋を見渡す。明日からでも、盗賊たちが出入りしている酒場に潜入をはじめよう。一刻も早くフィガロを救わなければ。
身体が動くようになってから、まずは情報収集を始めた。絶望的な状況ばかりが次から次へと耳に入り、もう間に合わないかもしれないと何度も思った。だからフィガロの牢から逃げ出したという盗賊の噂を聞いたときは、本当に救われたのだ。怪我が治り、行動できるようになってからはだいぶ気が楽になった。
助けてくれた女性にも、いつか礼をしなくては。外の状況がわからなかったため、身分は明かさなかった。そのとき口をついた名が、ジェフだ。
俺たちの、憧れのひと。彼のように強く高潔になれたらと、願ったのはいくつの頃だったろう。

安宿のベッドに身体を倒す。髪をとき、視界にうつる銀色にまた違和感。こころを埋めるその色に、いつの間にか戻ってしまった思考に、苦笑した。
彼のようになりたかったのだ。自由に、大空を飛びたかったのだ。
憧れた人の名を借り、羨んでいる男を真似て、ああなんて、なんて馬鹿らしい。自由とは真逆の、義務や責任に縛られて、俺はこんなことをしているというのに。
このまま逃げ出せば、自由になれるのだろうか。国を捨て、仲間を捨て、自分を捨て、自由に。

出来るわけがない。自身を縛る全てを、俺は愛しているのだから。自由を羨んでみたところで、結局は逃げ出すことなど出来ないのだ。捨てることなど、出来ないのだ。

フィガロを救うことが出来たら、次は共に飛空艇に乗っていた仲間たちだ。弟に関しては、心配してはいない。アイツは無事だ。根拠はないが、でもそう思うのだ。だから自分の感覚を信じることにした。
ブラックジャック号が引き裂かれたとき俺は船尾側にいて、真っ先に空に投げ出された。その俺が生きていたのだから、無事とはいかなくとも皆生きているはずだ。それに、彼やティナはまだあの時は無事だった。きっとどこかで、生きているのだろう。そうであってほしい。
だが彼がブラックジャック号を失ったこと、それは紛れもない事実だ。彼の宝を、空を駆けるための翼を。
今頃、どうしているのだろう。
目を閉じて、かさついた自分の唇に触れる。最後に口付けたのは、いつだったか。

有り体に言えば、身体だけの関係だった。睦言を囁いたことなど一度もない。ただの遊びだったはずだ。彼にとっても、俺にとっても。
だったら何故、こんな風に思うのだろう。
君だったら良かったのに、と。この銀色が、君のものだったら良かったのに。
君が、いてくれたら、良かったのに。

窓から覗く空の色は昔のように青くはなくて、背中が粟立つような紅だった。
君はもう、飛べないかもしれない。
そんなことを、思うほどに。

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