夏の日
「うぇっ、まず……」
「泣くなよ! まずいもん食べたくらいで泣くなって!」
「だって……うぇっ」
「そしてまずいならもう食べんなよ!!」
学校帰り、友人のひとりが見事なまでのロウテンションで『駅前に新しいジェラート屋さんが出来た、行きたい』と言ってきたので、俺ともうひとりの友人は特に用事も無かったから、寧ろ適度なハイテンションでその申し出を承諾した。
「でも残すの悪い……食べる……ぐす……まずい」
「嗚呼、嗚呼、もうぐずってるし! だからそんな意味不明なミックス頼むなって言ったんだよ! 夜大(やた)は甘いもんにそんな耐性無いんだし!」
「…………」
「……貸して、僕が食べてみるから」
溜息を漏らしながらも夜大からジェラートを受け取り、――最早奪ったが正しい――もうひとりの友人、惟斗(ゆいと)は自身の持っていた炭酸水を夜大に押し付けた。惟斗は本当、夜大に甘い。
「――何、この何とも言えない味」
「……ごめん、やっぱり僕食べる」
「良いよ馬鹿、こんなの食べ続けて泣かれちゃ堪ったもんじゃな――嘘、嘘だから泣くな、……本当嘘だってば!!」
俺はそんな二人のやり取りに苦笑を漏らし、自分用に買ったシャーベットを口に含む。オレンジの味一点に絞られているけれど、これくらいが一番丁度良いんだ。
高校生だというのに今にも泣きそうな夜大とすっかり保護者な惟斗、俺はそんな二人を見ているただの傍観者みたいなものだけど。
「ほらその炭酸飲んで良いから! それとも何か他のもん食べる!?」
「ぐすっ……いい、僕が行きたくて二人誘った。だからいい……」
「泣きながら言われてもさぁ……あーもう、ねぇ煬(よう)! これ食べれる!?」
ひとりほくそ笑んでいたのがバレたのかと思った。急に声を掛けられずい、とジェラートを突き出される。夜大を泣き止ませることに必死な惟斗が邪魔になったジェラートを押し付けた――まぁそんなところだろう。
意識する前にそれを受け取っていた俺は、その奇妙奇天烈な評価付のジェラートを一口食べてみる。――ふむ、確かに変わった味だが、食べれないまでではない。こう見えて俺はそれなりに甘党で、自宅では味覚馬鹿と専らの噂だ。
「でもこのまま泣きながら帰ったらなんか気分暗いじゃん? だからどっかぱーっと、」
「夜大、これもらってい?」
「……え?」
「なかなか独創的な味だけど俺は嫌いじゃない」
「……うん」
「煬……お前凄い」
本気で驚いている二つの顔に苦笑を漏らす、まぁ良いじゃないか、お陰で夜大の涙も引っ込んだみたいだぞ?
「こっちのシャーベット食え、オレンジ好きだろ?」
「……うん」
「あ、僕も食べたい。夜大ちょっとちょーだい!」
そして未だ半分も食べていないシャーベットを差し出せば、夜大は惟斗につられるように微笑んだ。
「あとはそうだな……冷たいもん食ったらあったかいもん食いたくなった。何か食おうぜ」
別に気を遣った訳ではなく、これは率直な俺の意見。惟斗は勿論のこと、夜大も小さく頷いてくれる。
「学校帰りに……食べ過ぎ……」
「何言ってんの夜大、家着いたらどっちにしろ腹減るじゃん?」
「……自然現象?」
「違うだろ、惟斗の場合は大喰らいー」
「味覚馬鹿に言われたくないー!」
三者それぞれに笑みを浮かべつつ、俺達は夕闇近い駅前大通を通り過ぎた。
と或る夏の日のこと。
―――
ほのぼのしたの書きたかった。
(2011.05.05. 浅井)
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