短編 | ナノ


  知識のフォッサマグナ





 五月蝿くも静かでもないホームルームでの授業中、少しだけ私語が飛び交い教師に注意され、時には教師共々無駄話が入っては笑いが沸き起こる――なんていう和やかなクラス。そんな和やかな場に溶け込むことが出来ない僕は、小さく笑みを零すか心の中で侮蔑の感情を抑制しているかの二択で。
 そんな五月蝿くも静かでもない教室の片隅、自分の腕を枕に眠りこける我が幼なじみが一人。今日も今日とて何等変わりなく、彼は夢の中へと旅立っていた。




「――涙(るい)ってさ、頭良いよな」

 昼休み、学校に居る間で唯一彼――涙が起きている時間帯に僕はそんなことを呟いてみた。休み時間に早弁したクラスメイト達はわらわらと他クラスに旅立ってクラスはすっからかん、居るのと言えば僕と涙、あとは両耳にイヤフォンを差し込んで輪になりゲームしてる集団くらいだ。

「……は?」
「涙、卵焼き落ちた」

 眠気眼で最早義務作業に箸を動かしていた涙が僕の突拍子もない発言にその動きを静止させる、卵焼きがケチャップに浸かったことに関しては謝るよ。

「ごめん秋月(あきつき)、ワンモア」
「だから、涙は頭が良いよね」
「……俺の家庭科と倫理の点数言ってみ」
「三十四点」
「何処が頭良いんだよ」

 それだけ言って、涙はまた義務作業を開始した。嫌そうな素振りもなく、涙はケチャップに浸った卵焼きに箸を伸ばす。


「じゃあさぁ涙、お前の社会科と化学は?」
「忘れた」
「九十点代だろばか」
「何お前、俺より俺に詳しいってストーカー?」
「冗談、野郎ストーキングするくらいなら僕はうちの妹ストーキングする」
「やめろ、俺はシスコンロリコンの幼なじみなんぞ持ちたくない」

 冗談だ、僕だってあんな妹をストーキングなんて真っ平御免だ。
 士槻(しづき)涙、全授業爆睡、な癖に、――高校に入ってから赤点なんて一度も取ったことが無い。少なからず涙よかまともに授業を受けているだろう僕は、未だに涙より考査の合計点で勝てたことが無いっていう。
 けれどそう、今僕が言いたいのはそういうことじゃない――そういうことも含めてかもだけれど――。


「そういう意味じゃなくって」
「じゃあどういう意味よ、あ、秋月お茶くれ」
「もう、水筒持って来なよって言ってんのに」

 僕の話聞いてのかなこいつ、そう思いながらも僕は水筒を涙に渡して、一方的ながら話し続けることにした。


「――何ていうかさ、何処に居たって自分があって、誰にも干渉されないっていうか。どんなに馬鹿なことをしてるクラスメイトが目の前に居たところで、涙はきっと見向きもせず何時も通り眠っているんだろうな、でもきっとそれに気付いてはいる、って思ったら、何かこのクラスの中で涙だけが浮いててさ」
「……」
「考査の後に『勉強しなかった』なんて言っている奴が涙と同じ空間に居るだけで、こんなにも違和感を感じるんだ」

「……それで、俺が頭良いと」
「っていうか、賢いから低レベルな皆に見向きもしないんだろうなって」

 昼飯を食い終えた涙は水筒を机に置いて、暫し何かを考えるようにしてから再び僕の水筒を手に取ってはお茶を飲むが為に上を向いた。


「じゃあ秋月、お前もだよ」
「え?」

 にやりと、お茶を飲み終えた涙がニヒルな笑みを僕に向ける。


「お前も賢い人間だよ、」
「……いや、でも僕――」

「考査の平均点が半分でも、賢くないの同意義にはならんよ。賢(さか)しらな人間が多い中で俺を賢いと思えた時点で――」

 涙は弁当箱を鞄に仕舞い、窓際の特権となる窓の開閉特権を行使し窓を開ける。換気の必要な季節だ、強い風が涙の長めの髪を揺らすけれど、今の僕がそんなことまで気にしている訳もなく。



「――お前は賢い(こちらがわ)の人間だ、秋月」


 ただただ僕の中には、涙のニヒルな笑みだけが根強く残っていて。あの笑みの奥には、一体どんな言葉が隠されているのか――何時か知ってやろうと、意気込んでいたから。





――
(2010.11.14. 禄式) 

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