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絶望するは鯨の上



なんて事ない日常に飽き飽きはしていたけれど、こんなものは求めていない。

私は普通に生きたかった。
働いて、親孝行して、結婚して、子供を産んで、ってそんな感じ。
んでちょっと寄り道に、夢を叶えて、好きな事をして、旅行とか行ったりしてさ。
そんな感じだと思ってたし、それがいいと思った。
なのに、

「お前、何処から入った?」

目の前には厳つい男、男、男、男ばっかり。
地面は安定してなくて、潮の香りがする。
とすればここは海の上?
空は今快晴で、カモメの声とかもする。
こんな穏やかな天気なのに私の目の前に居る人達はピリピリとした空気を纏っていた。

いつの間にか知らないところへと来てしまったようだった。
何とも言えない恐怖が体を襲う。
自覚した途端に体が震えだした。
ここは何処?

「おい、こいつ能力者か何かじゃねぇのか?」

「一応海楼石もってこい!」

「えーめっちゃ可愛い女の子じゃん!」

「馬鹿サッチ!いきなり現れたんだぞこいつ!」

ざわざわと雑音が混じる中で、私は必死に無い頭で考えていた。

「(何でこんな場所にいつの間に?いや、もしかしたら何処かの貨物船とかかも知れない…。
じゃあとりあえず状況を説明して、携帯で迎えを…)」

すると突然、ポケットの中に入っていた携帯が鳴り出した。
最近お気に入りだったアーティストの曲が辺りに響く。
このアーティストの曲の設定は、電話だった。

「何だっ!?」

「誰だっ!」

その音を聞いたわまりの男の人達は持っていた武器を構え、戦闘態勢に入っていた。
その光景をみて私の体はすくみ、殺されるかも知れない恐怖に襲われていた。
しかしそんな私は逆に縋るように携帯を手に取り電話に出ていた。
その一連の動作を、男の人達は食い入るように見つめていた。

「ーもしもし?」

「ーナマエ?」

それは紛れも無い母の声だった。

「お母さん?」

「ナマエ…?本当にナマエなの…!?」

「お母さんっ!今何処に居るの?私なんか何処か知らない船の上にー」

「ううっ…ナマエ……何で…」

いつもと違う母の様子に、私は戸惑いの声をあげる。

「お母さん?どうしたの…?」

「本当にっ…ナマエなのね…?」

「?…どういう事?」

「…貴方は、……つい先日、交通事故で死んだのよ…」

何を言っているか分からなかった。
がつんと何かで殴られたような心地だった。

「し…んだ?」

「何で…うっ…ううっ……ナマエ…声だけでもきけっ…て…よかった…」

「ま、待って!死んだってどういう事!?私まだ生きてるよ!?冗談やめてよ!!」

「死体も、確認したわ…葬式だって……」

「な、何で!?ドッキリにしてはやり過ぎじゃない!?」

「ナマエ、…私の娘に産まれてくれて…あ……りが………」

段々と聞こえなくなって行く母の声に、私は動揺を抑えられなかった。
死んだとはどういう事なのか?
交通事故?身に覚えがなさすぎる。

「まっ、待って…!お母さん…!!」

必死の呼びかけも虚しく、終いにはプツッと音を立てて切れてしまった。
ツー、ツーとなる音が辺りに響く。

「なん…で…?お母さん、私、生きてるよ…?」

足だって消えてないし、感触もちゃんとある。
体も透けてないし、何処も痛く無いし呼吸もしている。
これをどうやったら死んだと言えようか?
持って居る携帯から何度も何度も母親の番号に掛け直す。
しかし、繋がるのは電子音のみで。

「待って、よ…生きてるじゃん…ここに、居るよ…」

じわじわと体の奥底から込み上げてくるものがあった。
鼻がツンとして、目が熱くなる。

「お、かあさん…嫌だ…」

途端に、本当にそうだったとしたら、もう二度と家族には会えないのでは無いか?
そう考えたら何もかもが溢れてきた。

「私っまだ生きてるのに…っ…お母さん!お父さん!」

持って居る携帯を握りしめ、その場に蹲ることしか出来なかった。

「まだっ親孝行もしてないのに…っ!友達と一緒に行くはずだった美術館も!完結してない漫画の続きも!旅行も!結婚も!まだっ…!何もしてないのに…!嫌だっ!!」

零れ落ちる涙さえ嫌になった。
泣いたって意味がないのは分かってる。
どうしようもない事だって分かっている。
でも叫びたくて仕方がなかった。
俯かせていた顔を上げ、母親に、家族に聞こえるように。
私は、人生で一番声を張り上げていた。

「私はまだ生きてるのにっ!!」

だってもう戻れない。
確信してしまったからこその叫びだった。

どうでも良くなった私の体と思考は、逃げ出すように暗闇へと落ちていった。

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