融解エトワール



「名前、次のオフ出掛けるか」

朝、炊きたてのご飯を一人ずつお茶碗に盛り付けながら挨拶をしていたら、優の言葉に愕然とした。

「え……えっ?」
「ここ数ヶ月いろいろ、あまり構えていなかっただろう」
「あっ、と、それはつまり、」
「デートだ」

言い切った優の言葉に、耳を疑う。
わたし、寝ぼけてないよね、大丈夫だよね。次のオフにお出掛け、次のオフにお出掛け、次のオフにお出掛け。
つまり、デート!

「やったああああああああああ!」

しゃもじ片手に飛び跳ねれば、呆れつつもどこか楽しそうに口元を弛ませる優がいて、つい口元がにやける。
食堂中に響き渡るその声に、朝からなんだ、と親の敵を見るような目つきで皆が見てくるけど気にしない。倉持が「うるせーぞ名前!」って言ってた気がしたけどきっと空耳、気にしない!
だって何ヶ月か振りのデート、優とお出掛け!うわあ幸せ、最高の休日だ!



「最悪だ。」

窓を叩く音が激しい。
どうして、どうしてこうなった。
ちゃんとてるてる坊主も作ったし、今日着る服だってめちゃくちゃ悩んで決めた。オフなのに苦手な早起きだって頑張った。
なのに、なぜ。

「雨が降る…」

尋常じゃないその雨量に怯えながら朝恐る恐るテレビをつけてみれば、はい。御丁寧にお天気お姉さんが台風の目を指して笑っていましたよと。
くそっ、完全に目の敵にされてる。原因はきっとあれだ、先週からわたしが優とデートだデートだと騒ぎすぎたせいだ。羨ましすぎてみんなの怨念がお天気に影響して………はないか。

しょぼんとしながら朝食のトレーを持って空いている席に座れば、倉持が面白そうに笑って「ヒャハ!台風だって?」とわたしの頭をがしがしとかき乱す。

「もーやめてよ、」
「いつに増して冴えねーツラしてんな」
「失礼だな君は…わたしはいつでも可愛いよ」
「あーそうだなー」
「棒読みー」

冗談を言いつつ不機嫌を更に助長させながらジト目で倉持を睨めつける。ぷくっと膨れていれば、倉持がまた面白そうに笑った。

「まあ、オフはオフだろ。クリス先輩がどうすんのか知んねーけど!ヒャハ!」

そう言い残してくしゃくしゃとまた髪を乱して去っていく倉持。だから、もうやめろと何度言えば分かるんだあの男は。

「早いな、名前」
「あ。おはよう、優」

明らかに落胆しているわたしを見て優が気遣うように笑う。

「まあそんな落ち込むな。機会はまだある」
「うん」
「……………」
「……………」

優が何か言いたそうにわたしを見ているのが分かる。
けれど、黙々と咀嚼。ご飯が美味しい。
優は困ったようにひと息を吐いた。うん。分かってるんだよ、仕方のないことなんだって。優のせいじゃないし、誰のせいでもない。ただ、タイミングが悪かっただけだから、仕方のないことなんだって。だからこれ以上優を困らせてはいけない。

…でも。やっぱり。ショックだよね。

「名前、」
「うん?」
「今日は部屋で過ごそう」
「うん……、え?」
「どうした、」
「自主練するんじゃないの?」
「今日は構ってやると言っただろう…」
「え……え、あの、えっ」

さも当然のように優が言うものだから、訳が分からず目を白黒とさせる。
え、だって。あれでしょう。
外へお出掛けがなくなったのだから、優はいろいろとやることがあって、

「なんだ……自主練してこいと?」
「いや、あのっ違くてっ!」
「……………」
「…いいの?」
「ああ。」

わたしの隣に立つ優を見上げれば、微笑む優。
自主練になるかと思っていたから、まさか一緒にいられるとは思いもしなくて嬉しくて感極まり優の腰に抱き着く。

「う、嬉しい!ありがとう!」
「ああ。」
「やったあああああああああ!」

ぎゅむぎゅむと抱き締めれば、「おい、名前…」と焦りを見せる優が可愛くて、更に抱き締める。また呼ばれたものの、いい気分でくっ付いていれば「名前うるせーぞ!」とまた声が聞こえた気がした。またやってしまった。





「いらっしゃい!あの、適当に寛いでね」
「ああ」
「優が来ると思ってなくて、その。あんまり片付いてないんだけど、ごめんね」
「いや、いい。気にするな」
「優…あ、お茶淹れようか」

ぱたぱたと駆けずり回っていたら、優が面白そうにわたしをみて笑った。

「名前、そんなにそわそわするな」
「してない!」

机にお茶を置けば、優がお礼を言って受け取る。
確かに動揺はしている、気がする。だって、ねえ。自分の部屋に好きな人を入れるなんて、緊張でしかないよね。
そわそわとして座り込めば、優の存在が更に大きく感じた。

「人前ではあんなに抱きついてくるのにそんなに緊張するのか」
「う…だって、優が部屋にいるから」
「俺が部屋にいるから、か」
「うん」
「そうか、俺が」
「ちょ、なんか優、楽しんでない?」
「ああ」
「もう、ばか」
「折角のオフだしな」
「そういうことじゃなくてさ!」

優にひとツッコミを入れれば、優が楽しげにわたしを見ているのが分かる。
くそう。もしかして優はSっ気があるのかもしれない。そんなことを考えていれば、肩の力が抜けていくのがわかった。
…なんだか緊張がほぐれてきたかもしれない。はー、と息を吐いてクッションにもたれ掛かってぐてっとすれば、優がここぞとばかりに口を開く。

「だがな、人前であんまり何かするものじゃない」
「え?」
「練習時以外で、ここは男しか居ないんだぞ。あいつらも思うところはいろいろある筈だ」
「…そうだね」
「ああ」
「じゃあもっと静かにじゃれる」
「…じゃれてるつもりだったのか」
「うん」

優は笑って「そうか」と呟く。驚いた様子だけれど、満更でもなさそう。
わたしもそんな様子を見てなんだか楽しくなって「へへ」と笑えば、優の表情がどんどん曇っていく。どうしたんだろう。
優は眉をひそめてわたしを横目で見つめてぼそりと言い放つ。

「それに、人に見せるものでもないだろう」
「へ」
「だからあまり……抱き着くな」

あれ。
……もしかして。
いや、もしかしてだけど!
ぼそりと小声で呟かれた言葉を聞いて、気付いてしまった。
心なしか顔が赤い優をにやにやと見つめれば、「なんだ…言いたいことがあるならはっきり言え」と窘められる。
しかし!しかしだよ、わたしは気付いたのです。

いつも、わたしをリードして笑うS川・クリス・優さんがたった今、照れているということに。

「ふっふっふ」
「…………」
「照れてるの?優」
「……………」
「っぷ、あはははは!可愛い、意外だなあ。いつも優そんな素振り見せないのに」
「うるさい」

目を合わせてくれない優ににやにやとした視線を投げ掛ければ、頬を軽く赤く染めて睨めつけられる。
ふっふっふっ。そんな顔をしても今の君は可愛いだけだよ!さあ存分に照れなさい!

「えいっ」
「!」
「ぎゅー!」

勢いよく力を込めて優に倒れこむようにして抱き締めれば、「名前」と声を上げた。優のからだは全然潰れないし分厚いから抱き締め甲斐がある。あたたかくて気持ちがいい。

「へへへ、優照れてるでしょ」
「………」
「優、心臓の音はやいよ」
「……そうだな」
「可愛いなあ優、今までかっこいいところしか見たことなかったけど、こんな優も好き、優好き」

名前を連呼して思ったことを素直に漏らせば、ぎゅう、と抱きしめ返された。少し力強くて苦しい。
抱きしめ返されたのが嬉しくてにまにまと笑っていれば、体中の熱が高まるのが分かった。

「名前」
「うん?」

名前を呼ばれた途端、引き離された。顔が近い位置でじっと見つめられる。端正なその顔立ちと綺麗な瞳に引き寄せられるようにして見惚れていれば、急に額に顔が近付いて、キスをされた。

「!」
「やられっぱなしは性に合わないんでな」

そうやってにやりと笑うと、またわたしの額に軽く落とす。
驚きとか照れくささとか嬉しさが重なり合って、どうにも言葉が出ずに、ただただ顔に熱が集まる。

「え、あ、あの、」

また、ちゅ、と軽く頬にキスをされる。何これ、何これ、何これ。
頭がショート寸前の中、優はそんなわたしを見てフッと楽し気に笑う。

「…可愛いな」
「ちょ、あ、ゆゆゆ優、」
「どうした」
「ひっ」
「なんだ、照れてるのか?心臓の音はやいぞ、名前。」

わたしが言ったとようなことを言いながら、キスをしつつやり返してくる優はやっぱりSだ。ナチュラルSだ。物は言いようで、負けず嫌いと言った方がいいのか。
でも、わたしも嫌じゃないから受け入れてしまう。それが分かっているから、優はわたしの照れるようなことを連発してくるのだけど。

「名前、」

来る。名前を呼ばれた途端、そう感じた。
軽くスッと顎を支えられて、あ、ほんとのほんとのキスだ。と思い目をぎゅっと瞑れば、優が近付いてくる。

来た…!と思って身構えれば、
ちゅ。唇、の末端にキスを落とされた。……というかほぼ頬。

「…………え?」
「どうしたんだ」

戸惑うわたしにあざとく聞いてくる優はきっと、いや確実に確信犯だと思う。
てっきり唇にキスをされると思って身構えていたわたしはつい脱力してしまう。

「もう、やだ、優のばか」
「そんな泣きそうな顔をするな」
「恥ずかしいの!」
「みんなが居ないとなんでも出来るな?」
「も…もう、分かったから」

つい耐えれなくてぎゅむー、と優の胸に潜り込めば、「名前」と耳元で囁かれて追い討ちをかけられる。もう、ばか。

「今は二人だからな。なんでも出来るぞ」
「う…うん」
「なにかして欲しいことはあるか」

先程から顔が赤いわたしの表情を見てそう言うのは、要望を見越してのことだろう。何が欲しいかだなんてきっとわかっている。それでも直接言わないところが優らしい。

「あ、あの、優、」
「ああ」
「……その、」

言い切らないわたしの頬に熱がどんどんと集まっていく。
やめてよ、もう、優のばか。楽しげに笑う優は今生き生きとしていてかっこいいのに、わたしは今凄く恥ずかしい。
こんな風にやり返されるなんて、恐るべし、滝川・クリス・優。
わたしの言葉をゆっくり待っている優をちらりと横目で見て、わたしが折れるしか状況は変わらないか。と思い、どうにでもなれと覚悟を固めた。

「あの……その、」
「ああ」
「ちゃ、ちゃんと…キスしてほしい」
「どこにだ」
「もう、やだ、優の意地悪。くっ、口!口に決まって…」
「わかった」
「あっ」

ようやく、と言うように枷が外れたようにして優はわたしの唇にキスを落とした。柔らかな唇が押し付けられて、ゆっくりと啄ばまれていく。心臓がバクバクといっていて、ゆっくりとした優しいキスに酔いながら、今日が雨でよかったかもしれない、と初めて感じた。

「優…」
「どうした」
「好き」
「知ってる」

ぎゅう、と力強く抱き締められて優の温もりを感じる。「俺も好きだ」なんて小さく呟くその声を聞けば、ああ、きっとわたしは今世界で誰よりも全人類の中でいちばん幸せな人間なんだろうと感じる程度には満たされた気持ちでいっぱいで。優独特の低音声が耳を擽る。久々の優とのデートは楽しそうだったけれど、今日はこれでいいかもしれない。

「でも今度はお出掛けしようね」
「ああ、そうだな」

お互い顔を見合わせれば、なんだか楽しくてくしゃりと顔を綻ばせて笑った。


融解エトワール

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あの声に加えて 前髪下ろしたクリス先輩の色気ですよね



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