なにもいらないからはやく


わたしはクリス先輩に憧れている。ひととしても、プレーヤーとしても。好きで、好きで、眩しくて仕方が無い。
そんなクリス先輩が肩を負傷したのはわたしにとっても衝撃的な事件だったのは鮮明によく覚えている。スポーツ人生を狂わせてしまう程の大怪我だった。その頃からクリス先輩は目の光を無くしてしまって、3年になった今でも後輩には実力を見せれなくて。高校野球の舞台でもう二度と、試合には出られない。クリス先輩の夏は終わった。そう、思っていた。クリス先輩を下手に励ましてはいけない。プレッシャーを与えてはいけない。マネージャーとしてどうすればいいのか、それを考えることが今のわたしが出来る、最善策だ。


「く、クリス先輩。」

「ナイスボールだ!」


グローブの中にしっかりとボールを受け止めた先輩のその姿を見て、つい感極まって泣き崩れた。
その後、試合は続いていき、二軍最後の試合、終了。
5-8。勝利を収めた。


「クリス先輩、」

走って先輩の元に駆け寄れば、ぼろぼろと溢れ出る涙がグラウンドに落ちていく。
声にならない声を噛み締めて、ただ、ひたすら名前を呼べども俯いているためにクリス先輩の表情は分からない。ただ、そこでわたしの話をきいてくれる。

「わたし、クリス先輩の、野球、すきです。」
「ああ。」
「クリス先輩が、野球、やれてよかった。」
「ああ。」
「戻ってきてくれて、わたし、」
「……ああ。」

クリス先輩がわたしの頭に大きな左手を優しく置く。
背の高いクリス先輩は、簡単にわたしの頭を撫でてしまう。
…クリス先輩のばか。そんなことをしたら、もっと、泣けてしまうというのに、

「今までありがとう。いつも、お前が居てくれたな。誰よりも近くで応援していてくれた。何も言わないで傍にだっていてくれた。感謝している。…名前、ありがとう。」
「そんな、最後みたいに、言わないでください…」
「ああ、そうだな。」
「先輩いいいい……」

ぼろぼろと泣いていたら、クリス先輩が「ほらもう泣き止め」と言って撫でるのをやめてしまう。
頭が突然寂しくなって顔を見上げれば、クリス先輩は清々しい顔をして眉を下げて綻んだように、わらった。

「名前、待たせたな。」
「クリスせんぱ、」

その言葉とともにクリス先輩がわたしを引き寄せる。大きな体格に包まれるようにして抱かれれば、更に泣けてきてしまう。後ろに回す手が優しくて、どんどんとクリス先輩に溺れて行くのを感じながら、ただ必死にクリス先輩の背中にしがみ付いた。

「悔いはない。」
「はい。」
「だから、お前に言わなくちゃいけないことがある。」
「はい。」
「名前。」
「な、んですか。」
「好きだ。」
「………っ遅いです」
「そうだな。すまない。」
「わ、わたし、クリス先輩先輩が戻ってきてくれて……」
「ああ。」
「好きです。」
「俺もだ。」

ただひたすら泣いてクリス先輩にしがみつけば、それにちゃんと返してくれる。
御幸や倉持の独特な笑い声が聞こえる。3年生の「やっとか。」「ようやくくっつきやがったな。」「ほーんと、はらはらさせるよねえ。」という穏やかな声。
沢村くんの「ふたりってそういうあれだったんすか!?」とうるさく騒ぎ立てる声、「く、空気を読もうよ栄純くん」「へえ。」とまあ野次馬がそろそろ騒がしくなってきたために、袖で涙を拭いて、改めてクリス先輩を見つめる。
背が高くて首が痛いけれど。その瞳をじっと見つめれば、静かに真っ直ぐ見つめ返してくれる。


「クリス先輩、ナイスファイト!」


笑顔で迎えれば、クリス先輩はわたしを静かに見つめて

「ああ。」

と顔を綻ばせて笑った。



なにもいらないからはやく


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