ストロベリーの庭にて



わたしは、小湊春市が好きだ。それがどれだけの意味を持つのか、わたしはまだ理解していない。
彼は野球をやりにここに来ているから、何を優先させるかというのは分かっているつもりだ。だからこそ、わたしが彼とどこかへ行きたい、何かをしたいというのは難しいことで。毎日練習に明け暮れて日々疲れを溜める彼に、何かを要求することはしない。ただ、ひたすら彼を支える。待ち続けることがそれがわたしの出来ることだと思った。

そして、わたしが春市の彼女、というものになってふた月が過ぎようとしていた。


「春市」
「ん?どうしたの名前ちゃん」
「春市ってさ、」
「うん?」
「わたしのこと、好きなの?」

ブフッと飲んでいたスポーツドリンクを吹いてしまう春市。
春一は一気に顔を赤らめながら、しどろもどろになってわたしを伺うように見つめる。いや、実際長い前髪に隠れてあまり目は見えないのだけれど。

思い切って聞いてみたわたしも、つられて顔に熱が集まるのが分かった。
でも、ついに切り出したわたしを褒めてほしい。
わたしから告白をして付き合って、ふた月が過ぎようとする今、わたしは焦りに焦っている。

なぜなら。
この目の前で頬を染める彼は、本当に展開がないのだ。
実はわたし、春市と手を繋いだことがない。いやそもそも彼と恋人らしいことをしたことがない気がする。
いや、野球で忙しいのは分かるよ。分かるけど!
これじゃあ友人の頃と何も変わらない。
わたしが焦りすぎなのかもしれないけれど、少し心配になる。実は春市はわたしのことを何とも思っていなかったら。ただ流されて付き合っているのだとしたら。そう思うと胸が痛くていても立ってもいられなくなる。
わたしだって春市が好きだから、少しくらい接触があってもいいかなあって期待していたあの頃が懐かしい。いくらお膳立てても、春市は手を出してこない。だからわたしから彼に触れてみたことがあったのだけど、春市は顔を真っ赤にして、その日はまともに会話が出来なかった。それが案外わたしの中ではダメージとして残ってて、また触れたら今の関係が壊れてしまうのかもしれない、嫌われてはいけない。ただ、それを念頭において丁寧に過ごすようになったのはそれからだったか。だからわたしは待つことに決めたのだけれど。
やっぱり、寂しい、なあ……。

本当に春市は男子高校生なのか?と疑うレベルには純粋潔白で、実際に彼の兄である亮介さんに確認しに行ったほどだ。ちなみに、亮介さん加え野球部の皆さんにかなり笑われた。伊佐敷さんにはかなり絡まれるし、恥ずかしかったなあ、もう…!でも亮介さんお墨付きだし、春市が男の子であることは間違いない!
心配で焦っているわたしを亮介さんは笑いながら慰めるように頭を撫でてくれたからいいお兄さんだなと思う。そんなところがなんだかんだ、兄弟で。春市もそういった優しさがあるから、わたしも春市から離れられずにいる。わたしは、春市が好きだ。
流石に痺れを切らしたわたしがこうやって練習後に声を掛けたというわけでして。

「えーっと…」
「うん」
「…好きだよ?」

言葉を待ってれば、彼はちゃんと欲しい言葉をくれる。
彼のペースに合わせて、彼の言葉を聞こうとすれば、ちゃんと応えてくれるのだ。
でも。

「それは本当?」
「え?」
「もし、わたしのために無理して付き合ってくれてるんなら、その」
「えっ」
「春市がしたいようにしてほしい。わたしの存在が春市の邪魔はしたくないし、無理させたくないんだ。」


だんだんしりすぼみになっていく。
ほんとうはこんなこと言いたいんじゃない。もっとずっと一緒にいたい。春市とずっと。
心配。焦燥。でもそれがあまり伝わらないように春市を困らせないように出来るだけ、笑って。笑って。
春市。

だんだん笑いが引きつってきたわたしに春市が、強く、わたしの肩を掴んだ。

「名前ちゃん!」

「はるい、ち」
「ごめん、違うよ。僕、ごめん。」
「え?」
「心配させてた…?」
「う…うん。」
「無理なんかしてない、邪魔なんかじゃないよ」
「うん。」
「僕、上手く言えないけど、名前ちゃんが、その。好きだからさ。」
「……うん。」
「僕は好きで名前ちゃんといるんだけど……心配させちゃってたんだね。ああ、バカだ僕。兄貴に言われた通りで、ほんとう自分が嫌になるよ…」
「春市?」

わたしの肩に入れていた力をスッと抜いて、触れていた手を「ごめんね。」と言って引く春市。
あ…、謝らないで、まってよ春市、

「春市!」

今度はわたしが大きく名前を呼ぶ。
もういいや。もう、いい。
吃驚している春市に溢れ出した思いを続ける。

「わ、わたしは!春市が好きだから!」
「!」
「春市にもっと触れたいし、その、触れられたいの!春市と手を繋ぎたい、ぎゅってしたいし、きっキスだってしたい!春市はこんなわたしが嫌かなあ。春市に嫌われるのは正直怖いし、わたしはずっと春市といたいよ。春市が好き。春市、」
「っ……」

つい感極まって涙をこぼせば、グッと春市の腕に引き寄せられて、春市の胸の中に収まる。
春市の速い胸の鼓動が伝わる。からだが熱い。

「春市、春市、」
「名前ちゃん。ごめん」
「謝らないでよ。」
「僕、名前ちゃんが好きだよ。」
「うん。」
「触れて、いいの?」
「うん。」
「嫌じゃない?」
「うん。」
「名前ちゃん、」

ぎゅっと抱き締められる腕が力強い。温かくて、気持ちがいい。ほしかったものが一気に押し寄せてきて、あまりの熱にくらくらする。耳元で話される春市の声が心地良くて酔ってしまいそう。ああ、わたし、春市が好き。


「…あ、春市、」
「なに?」
「部屋戻らないと先輩が、」
「あ、そっか。でも、いいかな、なんて…」
「え?」
「もう少し、こうしていたいな。」

「ダメかな。」と照れくさそうに呟く春市の顔を見上げれば、優しい瞳と目が合った。
今は、春市はわたしだけのものだよね、と言えばおかしそうに笑って「そうだね。」と言って遠慮がちにわたしの頭を撫でた。


ストロベリーの庭にて


****
「お前、ずっとそうやってると愛想尽かされるよ」「えっ」っていう小湊兄弟。
照れ屋で嫌がられるのが怖い春市でした。この流れ多い!ですね!


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