光れるわ


※曳かれる 惹かれる の続編

最終日。自主練を終えて風呂から上がった暁くんと食堂でとりとめもないお話をしている最中、あることに気付いた。

「あれ?暁くん爪…」
「?」
「暁くん、マニキュア塗ってるの?」

きらきらと艶めくその指先に視線を送れば、暁くんも「ああ」とそれに気付いて手を見つめる。

「うん。爪が割れるからって」
「へええ、そうやって防ぐんだ」
「うん」

話が途切れてお茶を啜る。
その間中もじっと暁くんの指先に視線を送っていれば、暁くんもわたしの何も塗られていない指先を見つめる。なんだかシュールだ。

「………」
「………」
「……あの、」
「なに?」
「やってみたい、だめ?」

どうかな、と思い様子を伺えば、不思議そうに暁くんが首を傾げる。

「…名前が?」
「うん」
「じゃあ、はい」
「…ちょうど持ってるものなの?」

言われた通りにポケットから取り出したのは小瓶に入った液。世間一般のマニキュアで。3分クッキングの助手のお姉さんも驚きの手際の良さだったと思う。いつでも就職できるなあなんてぼんやりと考えながら、そのマニキュアを受け取る。

「今日また言われて、塗ろうと思ってたから」
「そうだったんだ。じゃあ、はい、指出してくれる?」
「え、僕のを塗るの?」
「うん」
「ふうん」

何を言われるまでもなく、素直に差し出された手を触る。ゴツゴツとしていて、指も凄く長い。指先には新しい豆だったり古い豆だったりがあって、すっかりと硬い皮膚が覆われていた。
マニキュアの瓶を開けて、準備を整える。静かな時の中で、ゆっくりと塗り始めた。大人しくそれを見届けている暁くんの手はやっぱり硬い。

「…………………」
「…………………」
「……暁くんは凄いね」
「え?」
「豆、多くなった」
「まあ…毎日練習してるし」
「こんなにがっしりしてたかなって感じるくらい」
「……………」
「頑張ってるんだね」
「うん」
「前から凄いひとだって知ってたけど、こっち来てから前とは別人みたいに生き生きしてる。」

そう言って静かに笑えば、暁くんは唸った後に「そうかな……そうかも、」と呟く。
今までここでやって行きながら感じたことは、ここで皆に受け入れられているということだ。暁くん自身それを感じているのかもしれない。その変化はきっと彼も気付いている。


「名前は?うまくやっているの。」
「うん。見ての通り変わらず元気。向こうの皆も優しいよ」
「そっか」
「うん」
「……先輩たちうるさい?」
「なんで?」
「名前のこと騒ぎ立てるから」
「気にしてないよ」
「ならいいけど…」
「いい先輩たちだね」
「うん」

左手が終わり、次に右手を触れて塗り始める。暁くんはくすぐったそうに小さく身を震わせた。

「北海道、いつ帰るの」
「んー…あんまり考えてないけど、今週末、かな。」
「…そう」
「寂しい?」
「まあ。…次いつ会えるのか分かんないし」
「そうだね」
「大会。」
「え?」
「夏の大会、観にきてほしい」
「…そうだね。絶対行くよ」
「頑張るから」
「うん。暁くんなら、きっと大丈夫」
「…………」

暁くんはぎゅっと、わたしの手を握った。マニキュア取れちゃう、とも思ったけれど、お互い汚れないように、遠慮がちに握り返す。

暁くんとの、この静かでゆっくりとした時間が好き。ここに来て、ちょくちょく話すことはあったけれど、こうやってゆっくりと話すことはなかなかなかったかもしれない。進んでいく時間が惜しいけれど、凄く満たされていて、幸せだ。

「名前」
「ん、」
「…来てくれて嬉しい」
「わたしも、会えて嬉しいよ」
「ぎゅってしていい?」
「……うん」
「好き」
「うん」
「好きだよ」
「うん」
「名前は。」
「うん、好きだよ」
「ならいい。」

しばらくずっとこうしていたと思う。ぎゅうっと抱き締められて、その温かみを甘受する。願わくばこの温もりをずっと持続させていれればいいのに。そうしたら、雪国でも暁くんの温もりは忘れない。

「……ねえ」
「なに?」
「今度は僕が会いに行くよ」
「遠いよ」
「名前もだよ」
「暁くん忙しいのに…そんな暇あるの?」
「………………」
「あはは、やっぱり。」
「あんま返事出来ないけど…メールする。電話も。」
「うん」
「……………」
「遠いね」
「…うん、遠い」
「だから、今のうちに、暁くんにいっぱい甘えておきたい」
「いいよ」
「ほんと?」
「うん、…おいで」
「やったあ」

暁くんの背に遠慮がちだった腕を伸ばしてしっかりとしがみつく。暁くんの首や頬に自分の頬を猫みたいに擦り付ければ、更に自分の体温が上がっていくのを感じた。

「ずーっとこうしたかった」
「我慢してたの?」
「そりゃあもう」
「そっか…」
「好き」
「うん」
「……………」
「……………」
「……眠たくなってきた」
「帰る?」
「もう少し暁くんといたいの」
「じゃあ…泊まっていく?」
「そんな準備してきてないし、何より迷惑でしょ」
「………………」
「拗ねないの」

そう呟けば、暁くんが逸らしていた視線をわたしに合わせる。そして、目を瞑った。これってもしかして。

「……名前、名前から」
「…ええー」
「…………」
「いきなりそんな難易度高いよ…聞いてないし」

ゆっくりと暁くんの唇にわたしのものと重ね合わせて、離す。胸が、ドキドキとうるさい。

「…ほら」
「好き」
「知ってるよ」
「全部、やり切ったら、迎えに行くから」
「!……待ってる。それまでわたしはテレビの前で待ってるからね」
「全国……うん、行くよ」
「わたしは、暁くんを応援してる」

そう伝えれば、もうマニキュアなんて忘れたかのように暁くんはわたしを強く抱き締めた。少し苦しいけれど、わたしが実家に戻るまでの暁くんの最後の甘えなのかもしれない。わたしもそれに合わせてぎゅう、と抱き締めかえせば、あまりにも苦しいのだけれど、凄く暖かかった。

わたしは地元で応援しているから、だから、暁くんも頑張れ。
信頼できる人たちが出来た。甘えることが出来る人たちも出来た。
暁くんならきっと出来るよ。
たまにはわたしと電話してね。
暁くんがんばれ。暁くん、頑張れ。暁くんなら、きっと大丈夫。





「オイ降谷ぁーさっさと風呂入れ、って、うお!こいつら寝てるし!」
「ちょっと純、声うるさい」
「起こすか、あんまり遅いと苗字さん帰りも大変だろう」
「まあいーじゃん、あと少しくらい。…なんか楽しそうだし」
「まあ、確かに」
「俺の目の前でいちゃつかれるのはムカつくけどね」
「お前……急にどうした」
「まあそうだな…あと少ししたらまた起こしにきてやってくれるか、純」
「はあ!何で俺が!?」
「純、声うるさい」
「こ…っこのリア充共が………!」
「なんだかんだ甘いよね」
「そうだな」
「うるせえ!」



曳かれる 惹かれる 光れるわ


****
やはり3話分だと中身も少し薄く、寮母さんネタなら中編も行けたような気がしますが、短編の続編扱いということで!


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