疾走乙女と桃色少年


わたしにはある日課がある。
小湊春市を弄り倒す。それがどれだけ楽しいかご存知だろうか?ええ、ええ。分かりますよ、彼は可愛いですから。本人からしたら迷惑以外の何者でもないんでしょう。ええ、ええ。でもそうやっていろんな表情を見せてくれる春市のことがわたしは大好きで、それが毎日の日課となっているわたしは今日も今日とて春市から即効エネルギーチャージして毎日の糧として生きている!
皆にはまたかよって目で見られるけれどもう全然気にしません。最初こそ不思議な目で見られていたけれど、今になっては「お前たち仲が良いな」と言われるまでには登りつめた!春市の兄の亮介さん公認でもあり「これからも春市と仲良くしてやって」とも言われたので今日もべたべた春市に張り付くんです。春市さんお疲れ様です。さあ今日も元気にいきましょう!

「おはよう、春市!」
「今は夜だよ」
「そうだね!」

にっこりと笑い掛けて挨拶をすればすかさず素晴らしい突っ込みが入る。
食堂には今ももぐもぐと咀嚼をしている春市と、沢村、降谷。今日は3人の上がりが遅かったのか、食堂は少し閑散としている。

「今日も可愛いね春市」
「可愛くないよ」
「春市可愛い、何で春市って可愛いんだと思う降谷」

常套句となりつつある可愛いね攻撃も上手く躱されたものの、追撃してみる。
春市と向かい合って座るようにして、降谷の隣に座り聞いてみれば降谷しばらく考え込んで呟く。

「…さあ。うーん…小さいから?」
「それも可愛さのひとつだよね。じゃあ、はい他!沢村!」
「春っちは優しいからな!」
「あーだよね〜」

納得しうんうんと頷けば、春市は困ったように頬を赤らめた。

「や、やめてよ、もう」
「春っち顔赤けー!」
「いいから!もう、名前、なんで毎日よく飽きずにそんな絡んでくるの、」
「春市が可愛いからかな?」
「言うと思った…僕別にそんな可愛いわけじゃないよ」
「えっ」
「え?」
「えっだって春市はかっこいいし可愛いよ!」
「ええ……」

下を向いて恥ずかしがる春市を見たらどんどんと胸が熱くなってきた。

「だって、んーとね、まずね、バッターボックスに立った時の凛々しさにまず心動かされるよね!守備してる時の楽しそうなお顔も素敵だし、その時に髪がさらさらーって揺れるのがすっごく綺麗。なんだかんだ面倒見いいし、いつだって頑張り屋さんで陰で努力してるひとだって知ってる。才能もあるしクレバーなプレーをするけれど驕らずに毎日必死にバットを振ってるのも知ってるよ。ここは皆が頑張るからそれがあまり表立たないかもしれないけれど、きっと皆も同じこと思ってるんじゃないかな。あ、あとこうやって話してるときにどんなに絡んでこようとちゃんと相手してくれる優しさも春市の良いところだよね!わたしはそんな春市が好きだよ!だから毎日楽しいありがとう春市!あっまた顔真っ赤、可愛いね春市、あれ?沢村も降谷もどこ行くの、風呂?行ってらっしゃい。あーまだまだあるんだよ、春市の素敵なところ、」
「や、やめてよ、もういいから、伝わったから!」

途中で遮られて、春市の顔を見ればやっぱり真っ赤にして俯いていた。
ちゃんと伝わったかなーと思って「ほんと?」と首を傾げれば、小さな声で「うん」と返ってきた。

「そう、ならよかっ…」

そう言って笑おうとすれば、春市はまた遮って、がしり。とわたしの手首を掴んだ。
顔は見えない。黙り込んだまま、そのまま。
もしかして、怒らせたのでは。

「え…は、春市、」

「名前はさ、どういうつもりでやってるの……?」
「へっ、」

声を裏返して春市をじっと見つめていれば、春市は勢い良く顔を上げてわたしを直視した。その反動で前髪が横に掛かり、熱っぽくて動揺した目線が突き刺さる。

「可愛いとか言う癖に、なんで好き好き伝えてくるの?」
「あ……」
「毎日僕はどんな気持ちで名前を見ればいいの、ドキドキして、心臓がパンクしそうなんだ……察してよ、」

「名前は……僕が好きなの?」

その不安そうに伺うように呟いたその言葉が鼓膜を揺らす。
今日の洗い物終わらせなきゃとか、窮鼠猫を噛むだなんてそんな言葉が似合うだとかそんなどうでもいいことばかりが頭の中で駆け巡る。
わたしも大分、混乱している。

そんなわたしの手首を掴んだまま、顔を近付けられて、前髪にそっと口付けられる。

「僕だって男だよ。」

前髪が揺れて、春市の雄々しい瞳と目が合う。熱っぽく、それでいて真っ直ぐに見つめられるそれにもうこれで何十回目かの落ちる音が聞こえた。

……か。か、か、か。
……かっかかかっこいい………!
ボフ、と一気に顔を赤らめながら口をぱくぱくとしていれば、頬や耳まで真っ赤にしている春市も我に返ったようで、「ご、ごめん」とわたしの手首を解放して距離を取る。

「は、春市、」
「……何?」

お互いにそわそわとしながら向かい合えば、春市も動揺しているのが分かる。まだこちらの動向を伺うように見つめられる。
伝えるんだ。この胸の熱さを。今じゃなきゃ、今じゃなきゃ。唾を飲み込んで、思い切り息を吸う。

「わたしね、」
「う、うん」
「わたし、春市が好きで好きで堪んないみたい!」
「えっ!?」
「わたし…春市が好き。だから、安心して、春市もわたしのこと好きになってね!」

そう言い切ってあっはっはと笑えば、キョトンとしている春市。今度こそ伝わったかな。伝わってるといいな。そう思いながら、込み上げてくる笑いを溢れさせる。顔が熱い。

春市はしばらく放心していたものの、すぐに脱力したように息を吐き出して「もう、ほんと敵わないよ」と呟いた。

「春市、耳赤いよ」
「名前もだよ、」
「可愛いなあ」
「……名前も可愛いよ」
「!?」
「あ、案外押しに弱いな…」


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