灯りを消した部屋の中、しとしとと染み入る雨音に耳を澄ませながらどこをというわけもなく視線を宙に漂わせていると、虚しさの中に不思議と懐かしさを覚える。
芋虫のように丸まっていた体を布団から起こすと隙間風に身震いした。

畳に手をついて、その目を撫でる。布団が一組減った部屋は、自分には広すぎると思った。



寒い雨の夜、眠れないでいると仕方ないなと苦笑しながら、おいで、と私を自分の布団に入れてくれた。
温もりを分かち合うというよりも、冷え性の私ばかりが温めてもらっていたものだ。特に冷えるつま先に、貴方は何も言わず足を摺り合わせてくれたから、私も何も言わずにただ笑みを返した。

いつも貴方を想っているわけではないのです。
最初は、もう立ち直れないと思うくらい鬱ぎ込んでいたけれど、人は慣れる生き物だから、少しずつ元の生活を取り戻していった。仏壇の前に立ってもどうにもそこに貴方が居るとは思えなくて、ただ生きることに必死な毎日にそんな思いは薄れていった。

それでも勝手場に立っていると、街でよく似た後ろ姿を見ると、ふとしたきっかけで記憶が、想いが、雪崩のように堰を切って溢れ出し、私の心は溺れそうになる。
とても切なく痛みを孕む瞬間だけど、それさえ忘れてしまう方が怖くて、こうして感傷に浸っていると僅かな安らぎを覚えるのです。


「………」

返事を求めることなく、貴方の名を呼んでみる。そこで初めて唇がかさつくことに気づいた。そっと髪に指を通してみるも、引っかかってしまう。

嗚呼、もうそんなに経つのですね。

目蓋の裏に残る貴方の面影は、青年となった我が子の姿と混ざって、少しずつ置き換えられていく。

あの子より、貴方の方が若いだなんて、不思議なものですね。

どんなに語りかけても、想いを馳せても、それに応える声はない。

聞こえているんですよね?
それとも、こんな年老いた姿では分かりませんか?

頬をあたたかなものが伝った。涙を流すのなんて、息子が祝言を挙げたとき以来だった。


「……千鶴」

そっと皺のついた私の手に、よく知った掌が被さった。
驚きのあまり涙もぴたりと止んでしまう。
名を呼んで、瞳を覗き、その胸に飛び込みたかったけれど、私は絡められた指から目が離せなかった。

――…逝こう。

頭の中に直接声が響いて、次の瞬間にはふわりとした浮遊感を覚えた。


「………」

やっとの思いで出した声は貴方と出会ったあの日の少女のものだった。



雨の日のお迎え



fin.


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