がたん、がたん。
心地良い振動に身を任せながら目を閉じる。瞼の裏側に煌々と光る電灯の明かりが感じられたけれど、今はこれで充分。何も見たくない。
始発の電車で飛び出して、もうどれくらい揺られてきただろうか。それも分からない。
……次の駅で降りよう。
わたしはそっと瞼を上げた。
ホームから階段を降り、出口へと向かう。自動改札に小さな四角い箱を当ててそこを通り抜けた。
『これがあれば買い物も出来るし、電車にだって乗れる。それから……』
彼の言葉が頭を過ぎる。
『君の声も聞けるしね。』
がこん、という金属音でそれを掻き消した。わたしには、もう必要ないものだから。
「……さよなら」
それすらも伝えられなかった。受け止めるにはあまりに重い現実からわたしは逃げた。
――僕は君が好きだよ
――わたしもすきですよ
――でも、僕の"好き"と君の"すき"はまた違うでしょ?
――……?
――まあ、どっちでもいいけど、僕との約束は守ってよね
――はい!
ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい。だけど、わたしにはできなかった。
街灯が照らす道すがら、わたしは自然と昨日まで共に過ごしていた彼の人を想っていた。陽の光の中でさえも儚げで、いつも笑ってるのに瞳は今にも泣き出しそうな子供のようだった。
「――…海」
ふらりふらりと歩いていると、薄明かりの中に砂浜が見えた。わたしはそれに魅入られてしまった。
そうだ、もう終わりにしよう。
消えていく記憶に怯え、見えない最期に絶望する日々。そんな永遠はいらない。独りきりのあしたなんて、ただただ暗いだけだから。
約束を果たせなかったわたしをどうか赦さないでください。そしてずっとずっと想っていて。最期の瞬間まで。わたしもずっと貴方を想います。
器から溢れる水を零さないでいるにはどうするか。これ以上注がなければいい。ただ、それだけ。
だからわたしは眠りに就きます。深い深い海の底、セピア色の"昨日"の中で心地良い微睡みに浸ろう。
だけどそれは叶わないらしい。
太陽に背を向けると、温かな腕に包まれた。
触れた体温
だけど冷えた体と心には熱すぎて、自分の輪郭が溶けていくような感覚にわたしは恐怖にも似たものを覚えた。