いつからだろうか、自分の輪郭がぼやけ始めたのは。
いつまでだろうか、貴方を貴方だと覚えていられるのは。
肉を食べた。人魚の肉を。もう思い出すことも出来ないほど前の話。何故食べてしまったのかも分からない。
頭の中にぼんやりとビジョンが浮かぶけれど、これは私自身が作り出した幻想なのかもしれない。
これは私の罪。罪に染まった身は罰を受けた。
不老不死。年を取らない。病気にもならない。少しくらいの怪我ならすぐに治る。私の身体は人間ではなくなっていた。
頭の中がぐちゃぐちゃ。たくさんの記憶に、私が埋もれていく。
昨日の出来事なのか、もっと遙か昔の出来事なのか。挙げ句自分の事なのか、人伝に聞いた事なのか、はたまた夢での出来事か、それさえも分からなくなって……。
でも一番怖いのは忘れているのを忘れること。
私は、貴方のことも、忘れてしまうのでしょうか?
こんなにも愛おしく思っているのに、時が経って、貴方が死んでしまえばまた忘れてしまうのでしょうか?
……"また"?
私はほかに誰かを忘れているのだろうか?
愛しい人。だけどいつも忘れてしまう。いつも先に逝ってしまう。
「――…土方さん」
もうこれ以上死にたくない。私の心を殺さないで。
私の愛した人を奪わないで。
ここからは海が見える。土方さんと私の過ごす、ここからは。
ここは……土方さんのいるこの家は、私には優しすぎる。
優しすぎて、失うのが怖いんです。
怖いのに、悲しいのに、不安で不安で仕方ないのに、私の瞳は渇いたまま。
きっと、ヒトの心はいつか身体と一緒になくしてしまった。
混ざって、薄れて
(そうして分からなくなって)
今日の記憶が、過去を、私を塗り替えていく。
両手にいっぱいのものを零さないためには、これ以上のものなんていらないから。
貴方を忘れるくらいなら、貴方を失うくらいなら、いっそ消えてしまった方がいい。
人魚姫を悲劇だという人は、残される者の気持ちを考えたことがあるのだろうか。
静かに目を閉じ、私の最期を想う。
痛いくらいに冷たい風と、海から響く潮騒を感じながら。