※帰還エンド後、もしも撫子が外部の中学校へ行っていたら




朝の通学路で、私は決まってある踏切で足止めをくらう。小学校までは車で幼なじみと一緒に送ってもらっていたけれど、外部の中学校に進学してからは自ら希望して一人で通学している。
ラッシュ時であるのだから電車の本数が多いわけで、こうしていわゆる『開かずの踏切』なるものができるのは珍しいことではない。そうなると必然的にこの場所に止まる時間が長くなるわけで、だから毎朝会ってしまうのだ。彼に。

電車が通るとき車両と車両の間にこちらを見詰める紫の澄んだ瞳と視線がぶつかり、私は思わず目を逸らした。彼は弱視だけれどその眼光はとても鋭いと思う。
今だって向こうが私を認識していたかは分からない。目の前を通り過ぎても気付かなかったことがあるくらいだ。それでもその双眸を意識せずにはいられなかった。

完全に電車が過ぎ去り、待ちわびたように踏切が上がる。私は平静を装いながら前進した。

「撫子さん」

「……」

が、目の前のこの一つ下の少年に遮られた。彼の瞳とよく似た色をしたラベンダーの花束をずい、と差し出される。私は横を通り過ぎようと右へ踏み出したがそれと同じ分だけ相手も移動する。今度は左へと行こうとしたが同じことだった。

「円、遅刻するわ」

「撫子さんが素直になれば済むだけの話です」

「……」

「………」

無言で見つめ、否、睨み合う私たちを通行人たちは少し邪魔そうに避けて行く。その人の流れに乗り、私は隙をついて円の脇を抜けた。
円がこちらを振り返る気配がしたけれど構わず進む。その後は彼も学校へ向かうのだろう、そこでお別れ。これが毎回のパターンのはずだった。



ぼくじゃダメですか?

不覚にも胸が高鳴った



後ろから聞こえる普段の円からは考えられない大きな声。振り返ったときには既に踏切は下り、電車の向こうへと彼は消えていた。

「……生意気よ。年下なのに」

円は年下。家族想いで、犬が大の苦手で、毒舌なのは不器用さの裏返しで意外と可愛いところのある、そんな男の子。それがいつの間にか私の背を越そうとしている。声も少し低くなったし、どんどん大人へと近付いていっていた。

『撫子さんが素直になれば済むだけの話です』

確かに、そうなのだ。自分の気持ちにも、円の想いが真剣なものということにも、本当は疾うに気づいている。だけど意地っ張りな私はやはり素直になれない。

「……円が悪いのよ」

円が悪い。勝手に大きくなって、気が付いたときには置いて行かれてしまいそうな、そんな不安を抱えてしまう。
だけどこの距離を詰めるのも気恥ずかしいし少し怖い。

まだ、もうちょっとだけこのままで。

いつか再び彼の隣を歩ける日が来るのだろうか。今度は違う、特別な存在として。

もう一度振り向いた先に電車はなく、ただ抜けるような空が広がっていた。



fin.

某烏龍茶のCMを見ていたら思い付いたネタ。

成長期の円にどう接するべきか分からない撫子、を表現したかった。思春期いいですよね。
そして年下おいしいです。


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