夕焼け色に染まる街を背に、私は家路に着く。

あの日から一年。何度この道を独りで歩いただろう。今は隣にいない彼の人の穏やかな笑みを思い出し、目頭が熱くなった。
泣いちゃいけない。泣いちゃ。彼は遠い地でひとり仕事に励んでいるのだから。そう自分に言い聞かせ荷物を持っていない片手でぱんぱんと頬を叩いた。

自宅アパートのポストを開けると、中からダイレクトメールと共に見慣れた字で自分宛に書かれた封筒が出てきた。差出人を見るとやはり予想通りの人物で、思わず頬が緩んでしまう。
自分の部屋がある二階へ続く階段を上りながら、待ちきれずに封を切った。

「あ……」

その拍子に封筒から一枚の写真が落ちた。風にでも飛ばされたら大変だと慌てて拾い、軽くごみを払う。
差出人とは北の地へと転勤した恋人なのだが、よく手紙と共に写真を同封してくる。遠距離恋愛中の彼女に送る写真といえば自分を写したものが多いのかと思いきや、彼は決まって風景写真しか寄越さない。
今回はどんな景色だろうと思いながらも、先に手紙を読むことにした。

彼らしい几帳面な字。直接会ったときも言葉の少ない彼だが、手紙もあまり長くない。それでも一つひとつ選び抜かれた言葉で彼の気持ちは十分に伝わるのだ。

ドアの前に立ち便箋の文字を追った。そして最後の一文字を読み終えたとき、自分の頬に一筋の涙が伝うのを感じた。

「……千鶴」

自分を呼ぶ声にまさかと振り返れば、またも思い描いた通りの人で、考えるよりも体が先に動いた。

「一さん…!!」

飛び込んできた小さな体を受け止め、斎藤はふっと笑った。

「手紙の方が先だったみたいだな」

「あの、手紙……ほんとうですか?」

千鶴がしゃくり上げながら問えば斎藤は満足げに笑みを深めた。

「嘘でここまで来るわけないだろう?」

「です…けど……」

とんとんと背中を優しく叩きながら諭すように答えれば、千鶴は落ち着きを取り戻していった。それを見計らって、斎藤が一旦千鶴の体を離し改まったように口を開く。

「千鶴、俺と――…」



ウェザーリポート

貴方からの便り



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雪村千鶴殿


元気に過ごしているだろうか。
俺は何事もなくやっているゆえ、心配はいらない。

こちらはやっと桜の季節になった。毎日下宿先の窓から眺めているが、不思議と飽きない。今も散りゆく花弁を見ながらこの文の続きを考えている。
そっちではもう、葉桜なのだろうな。

初夏の新緑、真夏の入道雲、秋の紅葉、冬の初雪、共に見たい景色がたくさんあった。あんたが隣にいてくれたのなら、それはまた、特別なものとなっただろう。

俺はいつもあんたの傍に在りたいと思っている。日常の風景でも、あんたが隣にいるだけで鮮やかに色付くのだから。

……回りくどい言い方はやめよう。
千鶴、俺と共に生きてほしい。夫婦となってくれないだろうか。


また、仕事が落ち着いたら一度帰る。そのときに返事を聞かせてほしい。

最後に、下宿先の桜の写真を同封しておく。こうやって、季節の写真を送るのもこれで最後にしよう。
来年こそは、共に見たいものだ。


斎藤一




何度書き直しただろう。これが資源の無駄遣いというやつだな。
だが、やはり大事なことは直接会って伝えることにする。
この文が届くのが先か、俺がそっちに着くのが先か。どちらだろうな。
いずれにしても、俺の願いは変わらない。

待っていてくれ。今、会いに行く。

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