『3、2、1……ハッピーニューイヤー!!』
「わー、新年ですね。あけましておめでとうございます!土方さん」
「ああ。あけましておめでとう」
テレビのカウントダウンで年が明けたことを知る。隣でみかんを頬張りながら千鶴は楽しそうにそれを見ていた。
千鶴が家に来てから数日が経つ。両親が他界してからというもの普段は独りで過ごす年末年始も、彼女のお陰で幾分か賑やかだ。別に今までも共に過ごす相手がいなかったわけではないが、正直休暇中くらいひとりになりたいというのが本音だった。だが千鶴は傍にいて苦にならない。今じゃいるのが当たり前の存在になっていた。
しかしいつまでもこんな状態のままでいいはずがねえってことは自分でもよく分かっちゃいたが、このぬるま湯のような心地のよさから抜け出せずにいた。
「そうだ、土方さん。初詣に行きませんか?」
「そうだな……。近くに神社があるから明日にでも行くか」
「はい!」
そう答えれば千鶴はまた俺の好きな笑顔を見せる。それに自然と自分の頬が緩むのを感じた。普段は"鬼教師"と呼ばれる自分でも、今はきっと穏やかな表情をしているんだろう。それに嫌な気はしねえな。
チラリと千鶴に視線を戻せば再び真剣な眼差しでテレビを見ていた。年末年始の特番の良さなんて俺には分からねえが、その様子に自然と笑みが零れた。
「?……今、何か面白いところありましたか?」
「いや、おまえは分からなくていいんだよ」
そうやって俺が濁せば千鶴はむきになって訳を聞いてくる。それをまた笑いながらあしらった。
そんなことを繰り返していればいつの間にか聞こえてくる微かな寝息。俺の肩に頭を預けて眠る顔はとても穏やかで、やさしく髪を撫でてやれば分かるのか少し笑った。
起こさねえようにそっと抱き上げてベッドに運び、寝かせる。もちろん俺の寝床は今日もソファーだ。ベッドほどじゃねえが、慣れてしまえばこれはこれで悪くない。
「――…おやすみ、千鶴」
これくらいなら許されるだろうと、額に触れるだけの口づけを落とした。自分でもらしくねえなと思い、自嘲気味に笑っちまう。
そのあとも暫く千鶴の寝顔を眺めてから自分も床に就いた。
「ほら、きょろきょろしてねえでちゃんと足下見て歩け。危ねえだろうが」
「あ、はい。すみません」
千鶴は外の様子が珍しいのか、興味深げにその大きな目をあちらこちらに向けていた。そういえば家に来てから一度車でショッピングセンターへ行ったくらいで、それ以外は碌に外出していないことに気づく。
明け方に降っていた雪が積もり歩道は所々凍結していて、さっきからも千鶴は滑ったり転びそうになったりと見ていて危なかっかしくて仕方ねえ。
元日の昼、俺たちは約束通り初詣に出掛けていた。今向かっている家からほど近いその神社は変わったものを祭っているせいか、規模が大きくないわりに地元では有名だった。
正直それのどこに有り難みがあるのか分からねえが、まあ初詣っつうのは行くということに意味があるのであって、その神様を本気で信仰してる奴なんかそうそういないだろう。
「ここだ。階段で転ぶなよ」
「だ、大丈夫です。転びません!!」
その自信はどこから来るのやら、勢い良く答える千鶴にまた笑みが零れた。こいつといると、本当に毒気が抜かれちまうな。
目の前には赤い鳥居と、百段は超えるであろう石段。踏み固められた雪のせいでそこには本当に危険を感じた。だから俺は鳥居を潜ったところで後ろを歩く千鶴を振り返った。
「――…千鶴?」
千鶴は鳥居の前でぼんやりと立ち止まっていた。開いていても虚ろな目には何も映っていないように見える。
それが初めて会ったときの、どこかに消えてしまいそうなそんな儚い姿と重なって、俺の心臓がどくりと跳ねた。
恐怖にも似たその感情を押し殺し、肩を揺らしながら呼び掛ければ千鶴の焦点が俺の目と合い、ほっと息を吐いた。
「あ、えっと……。すみません。ぼうっとしてしまって」
「――…どこか具合でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です。少しぼんやりしちゃっただけですから」
「たく、脅かすんじゃねえよ。……ほら、行くぞ」
へにゃりと力無く笑いながら答える千鶴に苦笑を零す。平気でないこなんざバレバレだが頑固なこいつのことだ、なかなか認めないだろう。もし本当に体調を崩すようなことがあれば、俺が抱えて連れ帰ればいいだけの話だ。
手を差し出せば少し頬を染めながら俺のそれを取った。いわゆる"恋人繋ぎ"というやつではないが、この小さくあたたかな手を包み込んでいると思うと自然と口角が上がった。最近はこいつのお陰で俺の顔は緩みっぱなしだ。
軽く力を入れるときゅっと握り返され、またさっきとは違う意味合いを持って心臓が脈打つ。餓鬼じゃあるまいし、いい年してこんなことにいちいち心躍らせるなんざ情けねえと思う反面、なんとも言えない心地よさを感じた。
下手くそな笑み
見て見ぬ振りをした、俺が悪かったのか?