規則的な音とどこか懐かしいにおいに、深く沈んでいた意識が浮上する。ゆっくりと瞼を上げれば見慣れた天井と掛けられた毛布。軽く頭を掻きながら上体を起こした。窓の外は薄暗く、ちらちらと雪が舞っている。
結局あのあと、俺は部屋のソファーで、千鶴はベッドで休んだ。
自分がソファーで寝ると言って聞かない千鶴を説得するのは正直骨が折れた。彼女は存外頑固なところがあるらしい。最終的にはじゃあ一緒にソファーで寝るか?と訊ねれば顔を真っ赤にして慌ててベッドに潜り込んでくれたわけだが……。
どこかぼんやりとした思考の中でキッチンへと向かえば華奢な背中が見えた。
「あ…土方さん。起きられたんですね」
ふわりと例の花の綻ぶような笑顔を見せながら千鶴が振り返った。つくづく笑顔の似合う女だと思う。
「ああ。何してんだ?」
「ごめんなさい。勝手にお借りしてました」
聞きながら手元を覗けば綺麗に切られた野菜と握られた包丁。コンロには鍋がかけられていた。
「構わねぇよ。それより碌なもんなかっただろ?」
「いえ、ちゃんと調味料も道具もありましたし。土方さん料理されるんですね」
「ん、ああ、自炊はするな」
得意ではないし時間もないが、健康管理のために週数回は自分で作るようにしている。
家事をしてくれる恋人はいない。女に不自由したことはないが、今は色恋なんてしてる暇もないしな。
もうすぐ出来ますから待っていてくださいね。
そう千鶴に言われソファーに戻る。照明を消したリビングから見るキッチンはいつも以上に明るく眩しい。そこでせわしなく動く背中を、俺はソファーの背に凭れながら見ていた。
仄暗いくらいがいい
"明日"が明るい日だと誰が決めた?
夜でもない。昼でもない。
夕方のような、夜明け前のような、そんな明るさ。
眩しい未来に思いを馳せるよりも、この仄暗い思い出に身をゆだねていたい。