おまえに初めて会ったのは、そう、年も暮れの寒い朝だった。浜辺に吹き付ける潮風が冷てえなんてもんじゃなかった。朝っつってもまだ日も昇りきらねえ早朝で、普通ならお互いあんな時間あんな場所にいねえよな。

だが、俺たちは出会った。
偶然かそうじゃないかなんて関係ねえ。とにかく俺たちはあの日、出会ったんだよ。

もう出会った時点で手遅れだ。
その瞬間俺はおまえに囚われたし、おまえも俺に捕まった。そうだろう?

俺は遠いような昨日のようなそんな日に想いを馳せながら紫煙を吐き出した。




年内に終わらせなければならない仕事が片付き、一服しようとマンションのベランダに出た。
まだ日の昇らない空は暗く、空気は刺すように冷たい。その冷たさが逆に徹夜明けの眠気を覚ましてくれるようで心地よかった。

眠いと人は普段からは考えられないようなことをするらしい。俺はその気分のまま散歩に出た。
十二月末の早朝。寒くないわけがねえ。あとから思うとどうしてこんな行動を取ったのか理解できねえが、"運命"というのがあるならこれのことなんだろう。

海岸沿いの道は街灯と僅かに昇り始めた日の灯りのみで薄暗い。海から吹く潮風が長い前髪を揺らし視界を塞ぐ。俺はその髪をよけながら片手で煙草を取り出し口にくわえ、ライターで火を着けた。紫煙を吐き出すと忽ち風にかき消される。

この煙草は本日何本目だろうかと思ったが、考えるのをやめた。
俺のような人間を世間では"ヘビースモーカー"というのだろう。煙草がそんなにうまいのかと聞かれれば正直そうとも言えない。ただ何となく吸わずにはいられないだけだ。学生の頃は日に数本で満足していたものの、就職後はストレスからか次第に増えていき今では一日一箱では足りなくなった。そのため月の煙草代はバカにならないが自分は独身でそれなりの稼ぎもある。その点では何の問題もない。

今の一本でちょうど空になってしまった煙草の箱。いつもの癖で潰そうとしたがそれはかじかんだ手から滑り落ち、風に吹かれて海の方へと飛んでいった。俺の視線は反射的にそのあとを追う。

未だ昇りきらない朝日が海面を照らす。その眩い光に目を細めた。そしてふと視界の端にある存在に気づく。
流れる黒い髪。華奢でなだらかな肩。一目で女だと分かった。女は腰上まで海に浸かり、こちらに背を向けている。

……自殺か?
そんなことが頭に過ぎる。この時季の海水の温度なんて考えるまでもない。放っておけば危ないだろう。厄介な事に巻き込まれたと思いつつも俺は慌てて女に駆け寄った。
今からすると、このとき既に俺とおまえの"運命"とやらは絡み合ってたんだろうな。

女の下へ行くにはもちろん自分も海に入ることになる。バシャバシャという水音がうるさい。そして触れる海水は痛いくらいに冷たかった。

「…っおい、おまえ死ぬ気か!?」

言いながら腕を掴みこちらを振り向かせる。思った以上に細く頼りなく、病的なまでのそれに、俺は恐怖にも似た感覚をおぼえる。

女と目を合わせた瞬間、俺の心臓が大きく脈打った。



朝日に、海に





俺を見つめ返す大きな瞳は、泣いてもいないのにどこか哀しみを秘めている。

いつか御伽噺で聞いた、泡になって海に消えちまいそうな、そんな儚さを感じる存在。

光が空を満たし、朝日が世界を塗り替える。

掻き消されないように、繋ぎ止めるように、俺は女を抱きしめた。





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