視界に入ったのは、太い指、貴方の手――…




思い悩んだ末の決断だった。

なのに、貴方の姿を目に映せばそんな決意なんて簡単に揺らいでしまう。



山南さんに言われなくてもわかっていた。

鬼を呼び寄せ皆に守られてばかりの私は間違いなく邪魔な存在だろう。

その上『人間』ですらない。たとえ銃で撃たれたってたちまち傷が癒える。そんな私の姿を見たときの表情が頭から離れない。何気なく言い放たれた『化け物』という言葉が今も鼓膜に響いている。

嫌われて、蔑まれて、疎まれて当然だ。私と彼等では住む世界が違う。

『化け物』である私が唯一役立てること……それが羅刹研究だった。だけど人を人ならざるものへ変える研究の手助けなんて私には出来ない。

役にも立たず、いるだけで邪魔な存在。それでも優しさが欲しいだなんて……私ほど身勝手な者がいるだろうか。


だから、出て行こうとした。それなのに、よりによって貴方に見つかってしまうなんて……。


「……どうした、こんな遅くに」

「原田、さん……」

角を曲がったところで私を待ち受けていたのは原田さんだった。言葉こそ訊ねるようなものだったけど、その声色は全てを見透かしているようだった。

「女が一人歩きするような時間じゃねえぞ。どこに行くつもりだった?」

「そ、れは……」

原田さんの黄金色の目を見つめれば私は蛇に睨まれた蛙も同然で、その場から動けなくなってしまう。頭では次々と思考が浮かんでは消えていくのに体は自分のものではないみたいに言うことを聞かない。例えるなら金縛りに近い状態だ。

「――ごめんなさい!」

金縛りというのはどこか一カ所でも動けば意図も簡単に解けてしまう。私はなんとか声を絞り出すや否や体をくるりと反転させて駆け出した。

「……っ待て!!」

右腕を強く掴まれ後ろへと引かれる感覚に振り返れば、視界に彼の手が入り込んだ。ぐらりと体が傾いて、背中に原田さんの体温を感じる。混乱した末の咄嗟の行動で私が彼から逃げられるはずもなく、私は呆気なく捕まってしまった。

「離してっ……!!」

私は掴まれた腕を思い切り振り払った。すると意外にも簡単に解けてしまい、私は目を見開きながら自分の右腕と原田さんの手を交互に見やり、そして原田さんの顔を見つめた。その表情で私は全てを悟ってしまう。

腕を振り払われたことは原田さんにとっても予想外だったらしく、とても驚いたような、困惑したような顔をしていた。そこから考えられるのは、原田さんがわざと手を放したわけではないということ。――…つまり、私が力ずくで解いた。人間の女性では考えられない力で。

私は純血の鬼だから、おかしなことではない。実際、撃たれた銃弾を避けたことだってある。本気を出せば人間離れした身体能力を発揮することくらい知っていた。だから、驚くことなんてなにもないんだ。頭でわかっていてもそれについて行けない心。自分が鬼であることを目の当たりにして胸になんとも言えない痛みが広がる。

「……見逃してください」

「千鶴……」

「お願いします見逃してください、こうするのが一番良いんです!!」

「だからって、黙って出て行こうとしたのか」

私が振り払ったせいで広がった距離を原田さんが埋める。それをまた私が後退りすることで元に戻した。

「前に言ったよな?新選組を離れたくなったら真っ先に俺に言えって。
おまえが本気なら、根回しでも説得でも何でもしてやるよ。
だがな……何も言わずに気がついたらいませんでした、何てあんまりだろ?」

優しく諭すような口調が、今の私には胸を抉るように痛い。黙って出て行けば、少しは寂しいと思ってくれるのだろうか。私を、心配してくれるのだろうか。

「……やさしく、しないで」

それでも、私は怖い。いつかそのあたたかい声が、眼差しが、絶対零度の冷たさを持つ日が来るのが。そんな日が来るくらいなら、束の間の優しさなんていらない。

「…私のこと、邪魔だって……化け物だって思ってるくせに!!」

「なっ……誰かがそんなこと言いやがったのか?」

「言わなくてもそう思ってる!そう思う日が来るんです!!」

思い浮かぶのは、最近の原田さんの避けるような態度。――…そして、鬼の力を見たときのあの表情。

「私は鬼なんです!だから人間の原田さんに守ってもらえるような存在じゃないっ!!」


私は吐き捨てるようにそう言って、今度こそ釜屋を走り去った。

流れていく街並みが月明かりの下に滲んでいく。

一月の空気は身を切るほどに冷たい。その中で頬を伝う涙だけが温かかったが、それさえもすぐに外気によって冷やされてしまう。


心も、身体も、全てが痛い。辛い。苦しい。


「――…はらだ……さん」


この世に生まれた理由も、貴方に出会ったその訳も、わからないまま、私は消える。





消失




貴方は私にとって、光のような人でした。

私の心をあたたかな光で満たしてくれた。

光がなければ、暗い中で自分の輪郭さえわからない。


私は闇へと溶けていく。

消えていく。


だから、忘れてください。

跡形もなく。





fin.

1万打感謝フリリクにて蒼さんよりリクエストいただいたお話です。

リクエスト内容は『切ない原千』ということだったのですが……あれ、ただのシリアスのような気がするww

原田ルート五章捏造です。もしあそこで千鶴ちゃんが逃げてたらという話。原作よりなんか二人とも病んでるのは仕様です(`・ω・´)キリッ

引き続き『確かに願うもの』(原田視点)も読んでいただけると嬉しいです。


このお話は『確かに願うもの』と一緒に蒼さんに捧げます。今回はリクエストしていただきありがとうございました!

なお、お持ち帰りはご本人様のみでお願いします。

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