――…私は、ここに残ります。
正直耳を疑った。彼女は今何と言ったのか。俺たちの話を聞いていなかったのか。だが、同時に喜びを覚えてしまったのも事実。ここに残れば彼女は死ぬかもしれない、いや、ほぼ確実に死ぬというのにこんなことを思ってしまう俺は気がふれているのだろうか。一瞬のうちに頭の中を様々な思考が駆け巡ったが、出た答えはひとつ。彼女を土方さんたちと共に行かせるということ。
二人でよく話し合って決めろと言い残し、土方さんたちは先に行ってしまった。
「……何故あんなことを言った」
俺の発した声はさぞ冷ややかだったのだろう。彼女は黙り込んでしまった。
「今からでも遅くはない。土方さんの後を追って、共に行け」
「……嫌です」
返ってきたのは予想通りの答えで、俺は眉間に皺を寄せる。彼女の意志の強さは知っている。だが、俺とてここはどうしても退けない。
「さっき話していたことを聞いてなかったのか?
これから会津は戦火に見舞われる。ここに残っても無駄死にするだけだ」
「……斎藤さんは、この地で死ぬつもりなんですよね?」
「……だったらどうだというのだ」
確かに彼女の言う通り、俺はここで死ぬつもりだ。勿論みすみす殺される気はないが、会津藩は圧倒的に不利。生き延びるのは難しいだろう。
「……じゃあ、私もここに」
「あんたに何が出来る」
俺は彼女の言葉を遮るように言った。
「人を斬ることも、自分を守ることも出来ないあんたがここにいて、何が出来る」
彼女をここに留まらせるわけにはいかない。たとえ、傷付けたとしても。
「…っそれでも、私は……」
俺は彼女の瞳を見ることが出来なかった。曇りのない真っ直ぐなその瞳に見つめられれば、俺の心の奥底など簡単に見透かされてしまうだろう。
「――…わかった。では、あんたに頼みたいことがある」
「……頼みたいこと、ですか?」
「ああ、あんたにしか出来ないことだ」
決して短くない時間を共に過ごしてきたから知っている。彼女が頼まれ事に弱いことを。それを利用しようとしている俺は卑怯者だろうか。
「あんたに見届けてほしい。新選組の行く末を」
「……新選組の…行く末……」
「……ああ」
これは俺の本心でもある。新選組に寄り添いつつも、隊士になることはなかった少女。常に一番近くで隊を見て来た彼女にだからこそ頼めることだ。
「俺の……俺たちの信じてきた誠の旗の行く末を、あんたに見届けてほしい」
「……」
彼女の瞳に迷いが生まれたことを俺は見逃さなかった。
「千鶴」
この会話で初めて呼んだ名前に、彼女の肩がぴくりと跳ねた。
「……はい。わかりました」
決心がついたのだろう。そう答えた彼女の顔は今まで見たどの表情よりも凛々しく、美しいと思った。その姿に一瞬見惚れたが、それを覚られないように気を引き締める。
「……行け。土方さんたちもまだ遠くに行ってないはずだ」
俺の声は、震えていないだろうか。俺の口は、みっともなく彼女に縋るような言の葉を吐かないだろうか。
「はい。斎藤さんも御武運を」
彼女は最後に泣き笑いのような顔をし、頭を深々と下げて俺の元を去った。只の一度も振り返らず、一滴の涙すら残さずに。
白河城に向かう途中、一本の百合を見つけた。ただそこに凛と立つ薄桃色のそれは、どこか彼女に似ていた。
引き寄せられるように近付けば、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
百合を濡らす露は彼女の涙を思わせた。
姫早百合
飾らぬ美 純潔 私の心の姿
俺はそっと手を伸ばし、その華を手折る。
本当に胸に抱きたかった彼女は、もういない。
fin.
1万打感謝フリリクでのぞまろ様よりリクエストいただきました。
『幕末で切ない斎千』ということで、斎藤ルート八章捏造してみました。
姫早百合は実際に福島の方で自生している薄ピンク色で、6月〜8月くらいに見られる花らしいです。
花言葉は上記の通り。
のぞまろ様、今回はリクエストしていただきありがとうございました。
なお、お持ち帰りはご本人様のみでお願いします。
7/25
のぞまろ様より素敵なイラストをいただきました。ありがとうございます!
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