僕には前世の記憶があります。


そう言われて一体誰が信じるだろうか?

普通は信じない。寧ろあっさりはいそうですか、と言われた方が吃驚する。


それでも覚えているものは仕方ない。


今も脳に焼き付いて離れない浅葱色。

嫌に乾いた咳の音。

どす黒いくらいに紅い血。

――…そして、あの子の笑顔。




「好きです。ずっと前から好きでした」

放課後の校舎に響き渡る女の子の声に僕は危うく舌打ちしそうになった。忘れ物を取るため教室に戻って来てみればそこで今まさに告白とやらをしていた。空気を読みつつそれをあえて打ち壊す僕だって、いくらなんでもそんなところに入って行く気にはならない。だけど告白されている男の顔を見て僕は顔に笑みを浮かべた。――…一君だ。

常に冷静で頭が切れる印象を持つ彼だけど、からかうとあの鬼教師並みに面白い。明日にでも根掘り葉掘り聞いてやろうか。

どう一君を弄り倒すか考えながら教室前を通り過ぎようとすれば階段の前に見慣れた姿を見つけて足を止める。これは厄介なことになりそうだ。

「千鶴ちゃん」

そう小さく声を上げれば千鶴ちゃんははっとしたように顔を上げて、潤んだ瞳に僕を捉えた。今にも涙が零れ落ちそうなその姿に不覚にもどきりとしてしまって、一瞬世界が止まったような錯覚をおぼえる。が、それも束の間。彼女は勢い良く階段を駆け下りて行った。僕は我に返って慌てて千鶴ちゃんを追いかける。

彼女の全力疾走なんて男である僕にとっては大した速さでもなくて、降りた階段の先の廊下ですぐに捕まえることが出来た。細い腕を掴めば抜け出そうと身じろぐけどそっと抱き締めて背中をぽんぽんと叩けば、落ち着いたのかやがて大人しくなった。廊下には僅かな嗚咽だけが響く。千鶴ちゃんも泣いている姿をあまり人には見られたくないだろうと何処か空いている教室はないか辺りを見回せば"風紀委員室"の文字が目に入り、そこに彼女を誘った。

「……おきたせんぱっ…すみません」

泣きじゃくりながら謝ってくる千鶴ちゃんの頭を撫でる。泣き顔を見せないようにと俯いていた彼女がふと顔を上げれば、僕はそれに目を奪われる。差し込む夕日に彩られた彼女の泣き顔は普段からは想像出来ないくらいに大人びていて、何よりも綺麗だと思った。

「……先輩、もう、大丈夫です。ありがとうございます」

無理につくった笑顔が痛々しくて、僕は顔を背けた。

「――…もう少し落ち着くまでここにいなよ。僕は飲み物買って来るから」

呼び止める彼女を無視して僕は廊下に出た。

僕は自販機に小銭を入れながら空いている手で二つ折り携帯を開いた。逡巡した後、素早くメールを打って送信する。そして再び自販機に視線を戻してボタンを押した。

「好きだよね、オレンジ」

「……はい。ありがとうございます」

風紀委員室に戻って千鶴ちゃんに紙パックのオレンジジュースを渡せば、弱々しいながらもつくったものじゃない笑顔で受け取ってくれた。それだけで僕の頬は緩んでしまう。

「来たみたいだね」

「……え?」

千鶴ちゃんが紙パックにストローを刺そうとしたと同じ頃合いにバタバタという足音が近付いて来る。

「いつも廊下は走るなって言ってるくせに」

「沖田先輩?」

僕は千鶴ちゃんに答えることなく風紀委員室を出た。その直後に僕が出たのと反対側のドアが勢い良く開く音がする。

「……っ雪村!!」

「斎藤先輩!?」

息も絶え絶えな一君の声に笑いを堪えながら僕は昇降口へと向かう。これ以上僕がこの場にいるのは野暮ってものだしね。


二人に前世の記憶がないなら、もしかしたら僕にもチャンスが……そんなことを考えたけれど、結局僕は一君にメールを送った。え、内容?一君の様子を見れば想像なんて容易いよね。

それに僕は最初から知ってた。記憶がなくたって、初めて会ったその瞬間から二人は惹かれ合っていたことくらい。


昇降口を出て校舎の方を振り返れば微笑み合う二人が窓越しに見える。どうやら上手くいったみたい。

千鶴ちゃんのその笑顔は記憶の中にあるどれよりも輝いていて、僕には眩しすぎた。







この恋心は生まれる前の"僕"、幕末の世を駆け抜けた"沖田総司"のものだ。

だから決して、平成に生きる高校生の僕が同じ世に生まれた彼女に向けるものじゃない。

そう、僕は失恋するどころか、恋すらしていないんだ。

なのに、どうして胸が痛いんだろう?




fin.

1万打感謝フリリクでミノリナ様よりリクエストいただきました。

斎千沖は楽しいですね!


ミノリナ様、今回は素敵なリクエストありがとうございました。

なお、お持ち帰りはご本人様のみでお願いします。


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