2013.3
不思議な感覚だった。今までにないような。
目にしたそのとき、空の、雲の、風の、温度の、世界の色が変わったの。
初めて会ったときからその瞳はやさしくて、それが私には恥ずかしくて、ちょっと戸惑ってしまったけれど嬉しかった。
だけど、もう貴方がいた日々とはサヨナラなんですね。先生。
春は出会いと別れの季節だから。それに私と貴方が漏れることはない。
―――これを持っていてくれ
両の手で包み込むのは貴方がくれた小さな巾着袋。
薄桃色の布で作られたのであろうそれは長い年月を経て所々擦り切れ色褪せてしまっている。
先生はどんな意図があってこれをくれたのだろうか?
疑問に思って問うてみたけれど、彼はただ微笑むだけだった。
そっと開けて中を覗く。
次の瞬間私は走り出した。
視界の隅では早咲きの桜が舞っていた。
2011.4
真新しい制服に身を包み、校門を潜ればすぐに校舎が目に入った。昇降口まで続く道の両脇には満開の桜がまるでトンネルように並んでいる。桜は満開を過ぎ、散り始めていた。
やはり桜は散り際が綺麗だ。それはきっと日本の歴史や文化――…例えば武士道なんかに関係しているんだと思う。その潔さに惹かれるんじゃないだろうか?
そんなことをぼんやりと考えながら桜を眺めていると、校舎の方からチャイムが聞こえた。はっとして腕時計を見れば、集合時間まであと五分。それまでに体育館へ行かなくてはならない。
急いで体育館へ向かうが、オープンスクールと受験のときに訪れただけの学校。全く道が分からない。それでも歩を進めるといつの間にやら中庭のようなところに出た。
おろおろとしていると、ひとりの男性が目に入った。スーツを身に纏い、背筋をピンと伸ばして桜を見上げている。保護者にしては若いし、おそらくここの教師だろう。
助かった。彼に道を聞けば確実だ。そう思い、その背に近付く。
「あの――…!」
声をかければ、その教師らしい男性はすぐに振り向いてくれた。
蒼い双眸はどこまでも穏やかでやさしい色をしていた。
それを目にした瞬間、私の世界は変わったの。
胸が躍って、頬に熱が集まって、何故かはわからないけれど今までにないくらいの幸福感に満たされた。
じっとその瞳を見つめる私はかなり挙動不審だろうに、彼はまるでこうなることが分かっていたみたいに目を細め僅かに口角を上げながら私を見つめ返してくれた。
ひらひらと舞う花びらは真冬に降る粉雪にも似ていた。
同じような景色をどこかで見たような気もするけれど、それはまたあとで考えることにしよう。だって今がこんなにも美しいのだから。
ふたりの間を春の風が吹き抜けた。
出会いは必然
きっと、ずっとずっと前から決まっていた
title:10mm.