『寒ささえ溶かして』
1月、日本列島に寒波が到来していた。北国では大雪のため交通機関が乱れ、普段積雪があまりない地域でも雪が降っているらしい。
関東に位置するこのとある私立高校の周辺も例外ではなく、放課後になると部活動などのない者は背を丸め、縮こまりながらいそいそと帰路に着く。
そんな中校門の前に男子生徒がひとり佇んでいた。
細身の体にも関わらず制服に軽く白いマフラーを巻いただけという軽装だというのに、背筋をピンと伸ばし、寒そうな様子など微塵も見せない。
ただただ昇降口の方をじっと見つめていた。
どうやら待ち人がいるらしい。
そんな彼の脇を怪訝そうな顔をした生徒が数名通り過ぎたが、当人は気にも留めない。
そんな様子が暫し続いたが、彼が不意に笑みを零した。
それを見て脇を通りかかった生徒がぎょっとしたが、これもまた当人は気に留めていないようだ。
「斎藤先輩」
そう呼びながらひとりの女子生徒が校門……ではなくその前に先ほどから佇んでいた待ち人、斎藤一に駆け寄る。
「ごめんなさい、お待たせしてしまって」
寒かったですよね、と労いながら彼女は斎藤の顔を覗き込む。
「いや、俺は平気だ。雪村は寒くないか?」
そう尋ねられた女子生徒、雪村千鶴は淡く微笑みながら、大丈夫です、と答えようとしたのだが、彼女が言葉を発する前にふたりの間を強い北風が通り抜けていった。
思わず千鶴は身震いする。
「やはり寒んじゃないか?」
斎藤はそう言いながら自分のマフラーに手をかけ、千鶴に渡そうとする。それを千鶴が慌てて押し止める。
ただでさえ斎藤は薄着なのだ。これ以上防寒対策を怠ったら風邪をひきかねない。
その点、千鶴は暖かなダッフルコートを着ていた。斎藤が自分を想ってくれていることは嬉しいのだが、少しは自分を大切にしてほしい。
「しかし……」
「私は大丈夫ですから」
それでも斎藤は食い下がってきた。流石に千鶴もこれには困ってしまう。
「んー……。あっ。」
千鶴は小さく可愛らしい唸り声を上げながら少し考え込んでいたが、何か思いついたらしく、ぱっと明るい表情を斎藤に向ける。
「これならあったかいです!!」
そう言いながら、千鶴はダッフルコートに付いているフードを頭からすっぽり被る。
その姿は何とも愛らしくて、斎藤は目元を赤くし、言葉を失った。
「……斎藤先輩?」
黙り込んでいる斎藤を、千鶴がきょとんと、不思議そうに見上げる。
「あ、いや。それで耳や首は寒くないな」
見惚れていたことを誤魔化すように斎藤は視線を逸らす。
すると視界に寒さのために赤くなってしまった千鶴の手をみつけ、斎藤のそれで包み込んだ。
「!!!」
「だが手は冷えているようだな。」
今度は千鶴が顔を朱に染め、言葉を失った。
斎藤はそんな千鶴を優しく見つめながら彼女の手に温もりが戻るように撫でてやる。
何度かその動作を繰り返し、斎藤は千鶴の左手を自身の右手で包み込んだままそれを制服のポケットへと納めた。
「さ、斎藤先輩!あの、手!!」
「さぁ、帰るか」
千鶴が先ほどよりさらに赤みの増した顔で抗議をするが、斎藤はまたまた気に留める様子もなく、千鶴の手を引き、歩き出す。
この寒さも悪いものではないな、と斎藤は思い、ひとり笑みを深くした。
fin.
フード被った千鶴ちゃんの破壊力はすごいと思うんだ!!