『言えないけれど』

傍にいるのが当たり前だった。幼いときからずっと一緒で……。
そういえば昔はよく星を見ながら互いの部屋の窓越しに夜更けまで他愛のないの話をしたものだ。

でも今自分の部屋の向かいの窓には明かりがない。部屋の主は、もうそこにはいない。

闇に包まれた自室の窓の外を見つめながら、ため息を吐き、夜に浸る。

机の上にある一枚の紙切れが、憂鬱を増幅させていった。




高校を卒業してすぐに、俺-藤堂平助-の幼なじみ-雪村千鶴-は、高校時代の恩師-原田左之助-と交際を始めた。
ふたりは千鶴が高校在学中から互いを想い合っていたようだが、生徒と教師という間柄であったために男女の仲になろうとはしなかった。
千鶴の高校卒業により、生徒と教師という垣根がなくなったのだ。交際に至るのは当然の流れだろう。
千鶴の高校の先輩たち、果ては教師陣の中にも千鶴に想いを寄せる者は少なからずいた。平助もその中のひとりだった。
しかし、ふたりの間に入り込む隙など微塵もなかった。




それから数年、千鶴と平助は社会人になった。

その間も千鶴と原田の交際は順調に進んで、やがて同棲し、そして先日、千鶴は平助に招待状を持ってきた。もちろん、結婚式の。

今平助の憂鬱を増幅させている、それだ。

千鶴はわざわざ郵送ではなく、直接平助に渡しに来た。

実家がすぐ隣であったし、千鶴にとって平助は彼が彼女に抱くものとは別の感情で大切で大好きな人だ。直に会って報告したかったのだろう。

招待状を渡しに来た千鶴は照れてはにかみながら、とても幸せそうに結婚を報告し、是非挙式には来て欲しいと平助に伝えた。

彼女に悪意などない。もちろん、非もない。だがその行動に平助は傷ついた。
月並みな表現かもしれないが『心を抉られたよう』だった。

平助は曖昧な笑みを浮かべて何とかその場を保たせることしかできなかった。

『おめでとう』とか『幸せになれよ』だとか、そんな祝いの言葉すらかけられずに。




憂いは、日めくりカレンダーが薄くなっていっても深く濃くなっていくばかりで、晴れる気配などない。

平助は仕事帰り、河川敷に来ていた。日も沈みかけているせいか、自分以外に人影はない。

何となく、来てしまったのだ。ここには幼い頃よく千鶴と遊びに来ていた。

「……明日、か。」

とうとう千鶴と原田の挙式は明日に迫っていた。

独りでに吐いて出た言葉は平助自身の心に降り積もり、また憂いを深いものにした。いっそ風に攫われていけば楽なのに。

そんなことを考えていると、少し離れたところから複数人の声が聞こえてきた。

声のする方を見やるとどうやら高校の運動部員のようで、10人ほどの少年たちが揃いのジャージを来て、河川敷脇の道を走っていた。

平助も学生のときはよく部活で走らされていた。

遠い日に想いを馳せる。
あのときは、すぐ傍に千鶴がいた。

すると、当時の気持ちというやつがこみ上げてきて、平助は堪らず走り出していた。

仕事帰りであるために平助はスーツに革靴という、走るにはあまりにも適さない出で立ちだったが、当人にはそんなことどうでもよかった。

自分がまだ学生のときから持て余してる、青く、儚い気持ち。「好きだ」とか「愛してる」とか、そのような言葉では到底伝えきれないであろう感情。それらを燃やしきるように走り続けた。




翌日、平助は式場にいた。

昨日仕事帰りに少し走ったからといって、千鶴への想いを断ち切れるわけではない。
平助の表情は優れなかった。

式が始まるより一足早く千鶴に会うべく、平助を含む高校時代からの顔馴染みの面々で新婦の控え室に行く。

平助は自分は行かなくてもいいと断ったのだが、沖田に無理矢理連行された。

みんなで控え室に入る。
そこには当然ながら純白のウェディングドレスに身を包んだ千鶴がいた。

その場にいるみなが口々に心からの祝いの言葉とウェディングドレス姿に対する賛辞を述べている中、平助だけは千鶴の顔を直視することができない。

「平助君」

俯き、部屋の隅に立ち尽くしていた平助に千鶴が呼びかける。

「今日は来てくれてありがとう」

表情は見えないが、千鶴の声はとても嬉しそうだった。

「あぁ、うん」

それでも平助は床を見つめたままで、まともな言葉のひとつもかけてやれない。

すると平助の脇からため息がひとつ。平助をここまで引っ張ってきた沖田のものだ。


「なーに床と睨めっこしてるのさ平助」

「んな睨めっこなんてしてねーよ!!」

呆れたように沖田が言うと、すかさず平助が反論する。

それを、まぁいいけど、とぼやきながら沖田は冷めた目で見ていた。

「それじゃ千鶴ちゃん、僕たちもうそろそろ行くから。また後でね。」

沖田が千鶴にそう告げるとぞろぞろとみなが控え室から出て行く。

平助もその後に続こうとしたのだが、

「平助はまだいなよ。千鶴ちゃんに言ってないことがあるでしょ?」

と沖田に冷たく言い切られ、控え室に突き返されてしまった。

室内は、千鶴と平助のふたりきりになった。

「……」

「………」

「……平助君」

「…………」

しばしの沈黙の後、口火を切ったのは千鶴だった。しかし平助はそれに返事ができない。

平助君、と優しい声色で千鶴が繰り返し呼びかけると、何度目かで平助が千鶴の顔を見る。

千鶴の顔を見た瞬間、胸につっかえていたものが解けていくのがわかった。それは千鶴への想いが断ち切れたとかそういうものではない。ただ、理解したのだ。

千鶴を幸せにできるのは原田しかいないのだ、と。

彼女は間違いなく今人生で一番の喜びと、幸せと、覚悟を秘めた顔をしていた。
それには一種の神々しさすら感じて、聖母がいるとしたらおそらくこんな顔をしているのだろうな、という思考が頭の隅でぼんやりとよぎる。

「……」

「……千鶴」

「……うん」

平助は、決して言うことはできない愛おしさを乗せて、言の葉をその口から吐いた。



おめでとう









fin.




推奨BGMはアジ○ンの『ラストダンスは悲しみを乗せて』






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