『左肩に滴る雨』




「あー、雨降ってるよ」

隣で傘持ってないよと喚く平助を一君が宥めている。窓に近付けばたしかにざぁざぁという雨の音。外はとっくに日が沈み街灯だけが煌々と光を放っていた。

僕は軽く挨拶だけして武道場を出た。大会が近いために最近はいつも帰りが遅い。土方さんに言われるまま練習に参加するのは少し癪だけど、近藤さんの期待に応えるためとなれば話は別だ。

昇降口から入る雨で冷やされた空気が気持ちいい。練習で火照った体には丁度いいと思う。

僕は傘を差し校門へ向かおうとした。が、視界の隅に小さな背中を見つけ、それに歩み寄った。

「何してるの、千鶴ちゃん」

「…わっ、沖田先輩!?」

わざと気取られないようにそろりと近付いて声をかければ、期待通りに千鶴ちゃんは大きく肩を揺らして振り向いた。大きな瞳をこれでもかというくらいに見開いて僕を見つめる。

「あ、えっと、傘を忘れてしまって。暫くしたら止むかなと思って様子を見てたんですけど……」

だめですね、と言いながら千鶴ちゃんは心底困ったような顔で外に視線を移した。

この子はいつもこんな風にころころと表情を変える。それが面白くて、いつの間にかよく声をかけるようになっていた。

「じゃあどうするの?迎えに来てもらうとか?」

「いえ。ここで平助君を待ってようかなって思ってます。練習終わったんですよね?」

千鶴ちゃんと平助は幼なじみで家も隣だ。だけど平助は生憎……

「ああ、練習は終わったけど平助傘持ってないみたいだよ?」

「えっ!?」

千鶴ちゃんはさっきよりもさらに困惑した表情で俯き、独り言を言いながら考え込んでしまった。それを見て僕は妙案を思い付く。

「僕が送ってあげるよ」

「へ……?」

今度はぽかんと呆けた顔で千鶴ちゃんが僕を見上げる。本当にこの子には退屈しないな。

「僕の傘大きいから千鶴ちゃんくらい入れるよ」

「で、でも、沖田先輩の家は私の家と逆方向じゃないですか。それに平助君が……」

自分が土砂降りの中傘もなく帰らなくちゃいけないのかもしれないのに僕や平助の心配をする。千鶴ちゃんは損で優しい心の持ち主だなと思った。

「平助なら大丈夫だよ。馬鹿は風邪ひかないって言うしね」

僕がくすりと笑いながら言えば千鶴ちゃんはどう答えたらいいものか困ってるみたい。あーあ、さっきからこんな顔ばかりだな。

「先輩の好意には素直に甘えるものだよ。ほら、こっちおいで」

「きゃ、沖田先輩!?」

言いながら僕は千鶴ちゃんの肩を抱き寄せる。

「沖田先輩、ち、近すぎます!!」

「くっついてないと濡れちゃうでしょ?」

真っ赤な顔で抗議してくる千鶴ちゃんを上手く言いくるめて歩を進める。二人で話している間に雨は少し弱まっていたものの、まだ傘無しでは歩けない。

「……沖田先輩」

「ん、どうしたの?」

ちょっと歩いたところで千鶴ちゃんが改まったように話しかけてきた。俯いてしまっているためにその表情は伺えない。

「先輩、ありがとうございます」

顔を上げ、千鶴ちゃんはふわりと微笑んだ。うっすらと街灯に照らされた姿はとても綺麗で……。

ああ、僕はずっとこの笑顔が見たかったんだ。



左肩に滴る



いくら大きめの傘といっても二人の人間がすっぽり覆われるほどではない。

だから自然と右側……君の方へと傘を差し出す。

左肩に少し雨粒が落ちるけれど何故か気にならなかった。

これは、今までの僕では考えられなかったこと。


この感情はなんだろう?

気になるけれど、ただ今は君が隣にいれば良いと思った。





fin.

自覚する前の沖田先輩。
というよりもまだ気持ちが膨らむ前と言った方が正しいかな?

沖千で青春してみた。

沖田さんが丸いのは気持ちを自覚する前だから。

自覚したあとは千鶴ちゃんをいじり倒すに違いないさ!!






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