『大切な日』




五月初旬。世間は春の大型連休真っ只中だが私は祝日にも関わらず学校に来ていた。


渡り廊下を歩けば青々とした葉とそこから注ぐ木洩れ日が眩しくて私は目を細める。本当に良い天気だ。


両腕に抱えた小さな紙袋を見つめる。

――…喜んでくれるかな?

そんなことを考えながら、各教科の準備室や実習室が集まる特別棟へと向かった。


『国語科準備室』


そのプレートを確認し、ひとつ深呼吸する。そしてトントンと軽くノックをした。


「土方先生、雪村です」

「入れ」


失礼します、と言いながら入室し、静かにドアを閉めた。そして紙袋をそっと後ろに隠す。


「どうした?連絡も無しに」


窓側の壁に背を預け、携帯灰皿にまだ長い煙草を押し付けながら土方先生が言った。きっと私に気を遣ってくれているんだろう。


「別に吸われても大丈夫ですよ?」

だってその煙草は土方先生の匂いなのだから。

「あ?非喫煙者の前で吸うわけにはいかねぇよ」


そう言って土方先生はちょっと眉間に皺を寄せたいつもの笑顔を見せてくれた。

開いた窓から爽やかな風が入ってきて、先生の髪を揺らす。そんな姿も絵になるんだから先生は本当に罪作りな人だと思う。

風に運ばれて新鮮な空気と土方先生の匂いが私の肺を満たした。ほら、やっぱり煙草の香りは先生の一部なのだ。



「で、何しに来たんだ?どうせ明日は授業あるだろ?」

そこで初めて私と先生の目が合った。深い紫色の瞳はとても綺麗で私はいつも見惚れてしまう。

「……あ、えっと、どうしても今日果たしたい用があって………」

最後の方は口籠もってしまって先生には聞こえなかったと思う。もう、私はここまで来て何をしているんだろう?

私がもじもじとしていると先生は穏やかに微笑んで頭をぽんと撫でてくれた。また先生の匂いがふわりと香る。

「千鶴」

普段学校では絶対に呼ばない下の名前。トクンと自分の心の臓が跳ねる音がした。

「ゆっくりでいい。言ってみろ」

その間も先生は頭を撫でてくれて、私は落ち着きを取り戻した。それと同時に頬に熱が集まる。


私はそっと顔を上げて先生の瞳を真っ直ぐに見つめた。ああ、何てやさしい色をしているんだろう。


「土方先生、誕生日おめでとうございます。それから……」

私は後ろ手に持っていた紙袋を先生に差し出す。

「それから、ありがとうございます」

先生は一瞬目を見開いて驚いていたけれど、すぐに笑顔を向け、紙袋を受け取ってくれた。

「ああ、ありがとう。ところで"おめでとう"は分かるんだが、"ありがとう"はどういう意味だ?」

「え、だって今日は土方先生が生まれた日じゃないですか?私は先生が生まれて来てくれて嬉しいんです」

だから"ありがとう"なんですよ、と付け加えながら私は顔を綻ばせた。

「………っとに、適わねぇよ、お前には」

「何が適わないんですか?」

今度は私の方が先生の言葉の意味が分からなくて尋ねてみたけれど、先生は分からなくていいとただけ言って私の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「開けてみていいか?」

「はい、どうぞ」


包装を解き、出てきたのは紫色のマグカップ。先生の瞳と同じ色だ。


「この間割ってしまったと聞いたので」

ちらりとポットの方に視線を送る。本来ならその横に先生愛用のマグカップがあるはずなのだが今は紙コップが鎮座している。

「ああ、使わせてもらう。だが……」

「……?」

先生はそこで言葉を区切り、ニヤリと意地悪な笑顔を浮かべた。…………とてつもなく嫌な予感がする。

「99点」

「……え?」

「"先生"」

「………あ」

「二人でいるときは名前で呼べって言ったはずだが?」

「えっと、その、学校ですし……」

「今日は休みで、しかもここは鬼教師の根城である国語科準備室だ。誰も来やしねぇよ」

そんな会話を交わしつつも、私は先生にじりじりと壁際へ追い込まれていく。

とうとう背に壁が当たり、両脇には先生の腕。

「ほら、名前で呼べよ」

耳元で囁かれて胸が早鐘を打つ。今頃私の顔は林檎みたいに真っ赤なんだろうな。

「と、と……歳三さん」

「よし、100点だ」

褒美だ、と先生……じゃなくて歳三さんは私の額にちゅっと口付けた。また体中が熱くなる。だけど、もう一度伝えたくて私は口を開いた。

「歳三さん」

「ん?」

「生まれてきてくれて、私を愛してくれて、ありがとうございます」

すると歳三さんは目の下を少し赤くしながら微笑んで一言。

「120点だな」


今度は唇にやさしい口付けをくれた。

それは仄かな苦みを含んだ口付け。


また煙草の――…貴方の匂いが鼻を掠めた。






今からちょうど三十年前、貴方が生まれた。

私が生を受けるよりもずっと前の話。

だけど、そのとき私はすでにかけがえのない贈り物を貰っていた。貴方という宝物を。


だから、今日は大切な日。







fin.

土方誕生記念SS。


土方先生は30歳、千鶴ちゃんは17歳(高2)という設定。

なんか土千は13歳差くらいに設定されてるサイト様が多いような気がするので。


土方さん誕生日おめでとうございます!






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