『お返しは一生かけて』
『お返しはその場で』の後日談です。
「ごちそうさん」
「お粗末様でした」
「お前が作ったもんが粗末なわけないだろ?」
「いえ、一応挨拶ですので」
今日も私は恋人である左之助さんの家に来ていた。
夕食後の他愛のないやり取り。心が満たされ、心地良く過ぎていく時間。私はとても幸せだ。
「お風呂、用意できていますよ?」
「お、それじゃあ一緒に「先に入って来てくださいっ!!」
私は慌てて左之助さんの背を押し、風呂へ促す。
何度も肌を重ねているし、今更かもしれないけれど………恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
何とか左之助さんを追いやって一息吐く。
でも、こういうのも悪くないと思う。
一緒に入浴するのはまだ気恥ずかしいけれど、何だか新婚夫婦のようだ。
そんなことを考えて、ひとり頬に熱を集める。
そういえば以前にもこんなことを思ったような気がする。
「あ、そうか。先月……」
よく覚えている。丁度バレンタインデーだったから。
あのときは『お返しは早い方がいい』と言われて……
その夜のことを思い出し、頬だけではなく顔全体が熱くなる。
「何ひとりで百面相してるんだ?」
「ひゃうっ!!」
私が素っ頓狂な声を上げて振り返ると少し驚いたような顔をした左之助さんが立っていた。
髪からは雫が滴っているし顔は血色が良くて少し赤いしでいつもより艶やかだった。私はそんな左之助さんを直視できなくて俯く。
「……あ、お風呂上がられたんですね」
「ああ」
「じゃあ、私も入って来ますね」
そう言ってそそくさと風呂場へと向かう。
入浴中もいろいろ考えてしまってついつい長湯してしまった。そのせいでのぼせてしまったのだろう。頭がぼうっとする。
「おい、大丈夫か?顔赤いぞ」
そう声を掛けながら左之助さんは私にコップに入ったお水を渡してくれた。それをお礼を言って受け取り、一気に飲み干す。
「大丈夫です……ふわぁ」
そこでひとつ欠伸をした。ちらりと時計を見ればもうすぐ日付が変わろうとしていた。
「眠いか?」
「はい。ちょっと」
「………すまねぇが、もうちっと待っちゃくれねぇか?」
左之助さんが珍しく私から少し顔を逸らしながら言うものだから、私は疑問に思いながらもこくんとひとつ頷いた。
すると左之助さんは微笑んで私の頭をやさしく撫でてくれる。だから暫しの沈黙だってちっとも苦にならなかった。
やがて時計の長い針と短い針がひとつに重なって、『今日』が『昨日』になったことを伝えた。
「左之助さん?」
それまで規則的な速さで私の頭を撫でてくれていた手が止まったので私は彼の方を見る。
左之助さんは黙ったまま手をポケットに入れてそこから何かを取り出した。
「………回ったな、日付」
「はい」
「『今日』は何日だ?」
「えっと……」
私は口元に右手を当てて少し考える。
「14日です!!」
「そうだな。と、いうわけでお返しだ」
私が勢いよく答えると、左之助さんは満足そうににかっと笑って小さな箱を私の手に乗せてくれた。
「『お返し』と言いますと……あ、今日はホワイトデーでしたね!」
私の顔が自然と綻ぶ。モノを貰えたことじゃなくて、彼の気遣いが凄く嬉しかったから。
「開けてみていいですか?」
「ああ」
返事をした彼の声が少し上擦っていたように聞こえたのは気のせいだろうか?
そんな疑問は口にせずに私はぱかりと箱を開ける。
「…………」
「………どうだ?」
左之助さんが不安げな表情で覗き込んでくる。私は声が出なくてただ彼を見つめ返した。
「その、何だ………お前もまだ学生だしな。今すぐにとは言わない。ただ、いつかの予約にと思ってよ」
箱の中にはひとつのリング。たぶんそれに付いている石はダイアモンド。
つまり、これは期待してもいいのだろうか?
琥珀色の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。なのに私の視界は潤んで霞んでしまう。
「『お返し』は、俺の一生をやる。その代わり………千鶴、お前の一生も俺にくれねぇか?」
私はこくこくと何度も首を縦に振りながら止め処なく流れる涙を拭った。
左之助さんが箱からリングを取り出して、私の左手薬指に嵌めた。無機質な金属のはずのそこからたしかな温もりが伝わってくる。
「さ、のすけさんっ……私、幸せです!!」
言いながら彼の胸に飛び込めば私を包み込むように抱き締めてくれた。
「ああ、俺も幸せだ」
顎に手を添え上向かされる。私はそっと瞼を伏せた。
貴方と一緒になれたら……
密かに願っていたこと。
ずっと思っていたこと。
それが叶う日は近そうです。
fin.
バレンタインで書いた『お返しはその場で』の続きのお話。
ちょっと(いや、かなり)季節に乗り遅れてしまいましたが、皆様に少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
………それにしても、自分のネーミングセンスをなんとかしたい(泣)