『その白さは目に毒』

青く抜けるような空に、白い太陽がギラついている。

雪村千鶴は物干し竿に最後の洗濯物を干し終え、軽く息を吐きながら額の汗を手の甲で拭った。

彼女がここ新撰組屯所に住まうようになってから何度目かの夏を迎えようとしている。
最初こそ彼女は監視対象として扱われていたがそれがやがて保護対象となり、今では隊内にすっかり馴染み、洗濯や料理など細々とした雑務を任されるようになっていた。

今日は貴重な梅雨の晴れ間であるので洗濯に精を出していた。
男ばかり大所帯である。それに加えここのところの蒸し暑さのせいで洗濯物の量は半端なものではない。

この機を逃すものかと千鶴は朝食を終えてから数刻かけて洗濯を終え、今に至る。

土方にお茶でも出そうかと考えながら洗濯に使った桶などを片づける。

しかし体に纏う汗と熱気が気になり、せめて顔を洗うだけでもと井戸に向かう。


井戸に近づくとパシャパシャと水音が聞こえてくる。ここからでは死角になっているため見えないが、どうやら先客がいるらしい。
この暑さだ。別段驚くことではない。
千鶴は手のひらでパタパタと顔を扇ぎながら歩を進める。

「!!」

角を曲がり、井戸が視界に入ったところで彼女は息を呑んだ。同時に足も止まる。

「さっ、さささ斎藤さんっ!!」

一寸の間をおき、千鶴は暑さ以外のもので顔を赤くしながら先客に声をかける。

井戸の前に立っていた、もとい、水浴びをしていた斎藤がゆっくりと千鶴に顔を向けた。

「雪村か。どうかしたのか?」

慌てふためく千鶴を怪訝そうに見つめながら斎藤が彼女の呼びかけに答える。

千鶴が慌てふためくのも無理はない。

斎藤はいつも巻いている襟巻きを外し、着物をはだけさせ、普段は黒い着流しに隠されている白い肌を惜しげもなく曝していて、上半身がほぼ裸だった。加えて頭から水をかぶったのだろう。髪までずぶ濡れである。

彼は今の今まで水浴びをしていたのだから当然と言えば当然の姿なのだが、千鶴の心は大荒れだ。羞恥でみるみる顔に熱が集まってくるのが自分でもわかる。

千鶴が衝撃のあまり固まっていると斎藤がいつの間にやら目の前に来ていて、気遣わしげに彼女の顔を覗き込む。

「どうした?顔が赤いが……。暑さにでもやられたか?」

斎藤の細くもしなやかな裸体が近づいて、千鶴は堪らなくなってしまい、慌てて顔を逸らす。
「いっ、いえ!!なんでもないんです!!覗くつもりなんてなかったんですーっ!!!」

千鶴は叫ぶようにそう返事をして走り出して……否、逃げ出して行った。


「……雪村?」

その場にひとり残された斎藤は呆然とただただ立ち尽くすしかない。

「あーあ、逃げちゃったね。千鶴ちゃん。」

もうちょっと見てたかったのにとぼやきながら物陰から沖田がひょこっと顔を出す。

「総司、見ていたのか?」

「うん」

悪びれる様子もなく、一見人好きのする爽やかな笑顔で沖田は答える。
だがその笑顔の裏には何かどす黒いものがあることを斎藤は知っている。長年の感というやつだ。

「それにしても今の反応は面白かったよねぇ。……あっ、そうだ!!」

「何だ?」

何か思いついたらしい様子の沖田に不吉な予感がする。これもまた、長年の感というやつだ。

「ん?一君が水浴びしてるのだけでさっきの反応だったらもっと刺激的なことをしたらもっとずっと面白いだろうなぁって思っただけだよ」

「……総司、何をするつもりだ?」

沖田の言った言葉の意味全てを理解したわけではないが、これだけは分かる。千鶴が危ない。

「んー、例えば、半裸で抱きつくとか?」

「!!!」

「善は急げって言うしね。千鶴ちゃん何処かなー?」

「待て総司!!」

そう言って楽しそうに駆け出していく沖田を、斎藤が着衣を整える暇もなく慌てて追いかける。





「はぁ、それにしてもさっきは吃驚したなぁ」

斎藤から逃げ出してきた?千鶴は火照った頬に手を添えながら息を吐く。

「べ、別にやましい気持ちなんてなかったんだから……!!」

ぶんぶんと頭を振りながら誰にともなく言い訳めいた言葉を発すると、気を取り直して土方にお茶を出すべく台所へと向かう。

廊下の角を曲がったところで後ろからドタドタと誰かが駆けてくる音が聞こえた。

何だろうと疑問に思い、千鶴はたった今曲がった角を振り返る。

するとすぐ脇を沖田がすり抜けて行き、その直後に強い衝撃が走った。





「総司!!」

沖田を追いかけ、斎藤は屯所内の廊下を疾走していた。

前を走っていた沖田が角を曲がる。それに従い斎藤も角を曲がろうとしたのだが、目の前によく見知った小柄な陰を見つける。

「!!」

しかし走っていたためにいきなりは止まることができない。

斎藤はとっさに目の前のその人物を庇うように抱え込み廊下に滑り込んだ。





千鶴は突然のことに思わず瞑っていた目を開いた。
すると目の前いっぱいに色白で細身且つしなやかな筋肉のついた胸板があって……。

「雪村、怪我はないか?」

頭上から聞こえるのは先程まで自分の思考を占めていた人物で、今の状況を理解する。
理解してしまえば顔に一気に熱が集まり、外気の暑さも相俟って、千鶴は意識を手放した。

「雪村!?」

斎藤はガバリと体勢を起こし、千鶴の肩を揺すりながら呼びかけるが反応はない。

「やはり暑さに参っていたか……。山崎君!山崎君はいないか!?」


「やっぱり一君って天然だよね」

廊下の陰から一部始終を見ていた沖田がぽつりとこぼした。




fin.






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