『伝えるにはほど遠い』
きっと、この想いを表す言葉なんて存在しない。
「千鶴」
自分の腕にすっぽり収まった千鶴の瞳を覗き込みながら呼びかける。
「はい。何でしょう、はじめさん」
すると顔を真っ赤にしながら、千鶴は答える。おずおずと視線を受け止め、俺に返してくれた。栗色の澄んだ瞳に、自分の顔が映り込む。おそらく俺の瞳には千鶴の姿が映し出されていることだろう。それを思うと、俺の独占欲が少し満たされた気がした。
「愛してる」
「……私も、はじめさんが大好きですよ」
千鶴は心底幸せそうにふわりと微笑み、俺の胸に顔をうずめ頬擦りした。
「『愛してる』ではないのか?」
少し意地悪な質問をしてみる。これも千鶴を想うがゆえの行為だ。
「も、もちろん、愛してますよ!!愛してますし、大好きです」
千鶴は俺の胸にうずめていた顔をがばりと上げて、慌てて取り繕うように言った。その慌てふためく姿も愛らしいと思ってしまう自分は彼女に相当溺れているらしい。きっと息継ぎもままならないくらいに。
「俺もだ」
そう言って、今度は千鶴をきつく抱きしめる。
苦しいです、と千鶴が漏らすが、離してやるつもりなどない。
しかし、こうして愛を囁いても、体を寄せ合っても、肌を重ねたとしても、この想いを余すことなく伝えるなんて出来ない。
俺は千鶴を信じ、千鶴もまた俺を信じている。しかし、俺は千鶴のすべてを知らないし、千鶴も俺のすべてを知らないだろう。
右腕で千鶴の腰を抱き、左手で顎を上向かせた。すると千鶴はそっと瞳を閉じた。そして俺は彼女の唇に自分のそれを押し当てる。掠めるだけの、軽い、口付け。互いの想いを込めた口付け。
それでも、伝えきれないとわかっていても、俺はこの不確かな想いを言葉に乗せる。唇に託す。
そうせずにはいられないから。
「千鶴」
「はい」
「………愛してる」
「……はい!」
fin.
END後をイメージしたんですが、それを示す表現がなくて申し訳ないです。
アジ○ンの『新世紀のラブソング』という曲の大サビの歌詞から閃いたネタです。
こういう短くワンシーンだけを切り取ったような話も好きです。