言うほど年を取った覚えはないのだが、近頃の家康の涙腺は緩い。ほんの僅かな一言であっけなく決壊する。 それゆえに三成の置き土産を読んだ時の家康はかなり酷い有様であったし、意を決して近江へ迎えに行った際にも情けない姿を晒してしまった。 「いい加減に泣き止め! 貴様、それでも武人の端くれか!? 天下人としての自覚を持て、と何度言ったら聞き分ける!?」 言葉に優しさは微塵も感じられない。おまけに昔、殺しあっていた頃と変わらぬ鋭い目つきで睨みつけてくる。 しかしそれでも、やはり三成は優しい。 ボロリと新たに零れた涙を手拭いで拭われた。三成は家康の膝の上に座っている。家康が両手でしっかりと腰にしがみついているので、三成はろくに身動きが取れないのだが、体勢についての文句は一度も出ていない。 それに、だ。 「三成……もう一度言ってくれ」 「またか」 「何度でも聞きたい」 だって、強請って聞けるものだとは思っていなかった。 耳元で告げて、頬に唇を寄せ、抱きしめる力を少しだけ強める。ため息が聞こえたが、 その後、短く息を吸う音も確かに届けられて――聞き逃さないように耳を澄ませる。 「私は貴様を幸せにしてやりたい。こんな風に思うのは貴様のことが好きだからに決まっている。傍にいたいのだって当たり前だ。何故、言わなければわからない?」 「ワシは鈍いんだ」 「そうらしいな」 間髪入れずに返った肯定は随分と不貞腐れた口調だった。 さすがに我侭が過ぎただろうかと不安が過ぎったが、 「馬鹿らしい。貴様がこんなことで幸せになるなら、もっと早くに言ってやればよかった」 続けざまに聞こえてきた言葉が柔らかく安堵に満ちていたので、家康は三成の細い体躯を更にしっかりと抱きしめて遠慮なく甘え尽くすことにした。 了. ----備考---- 合同アンソロジー「陰陽月日」に寄稿した小説です。 back/top/novel |