足して2で割りゃちょうどいい。【7】



「なっ……にを、しやる……!」
 痛くはないが、驚いて声がひっくり返った。
 決まり悪そうな官兵衛の低い声が耳に吹き込まれる。
「何って……そりゃあナニだろ」
 間を置かず、ベロリと耳の裏を舐め上げられて「ヒッ」と悲鳴が飛び出た。退けようと身じろいだが、まるで効果がない。いつの間にか、腰と肩に太い腕が回されていてガッチリと抱きすくめられている。
 きっかけはわからぬが盛ったらしい。酒が過ぎてヤりたくなったか。何にせよ、嫉妬云々は言及されずに済みそうだ。
 ホッと安堵すると同時に官兵衛のゴツゴツとした手が胸元へと入り込んできて眉を顰めた。もう何度も情交を交わしているので今更、恥じらいなんぞ欠片もない刑部ではあるが、さすがに何の用意もなく、何の道具も使わずに受け入れられるような穴は持ち合わせていない。
 官兵衛が潤滑剤を持ってきているとも思えず、少しばかり思案したが――ここで歯止めを掛けて話を交ぜ返されるのは避けたい。触ってヌくだけだろうと踏んで、されるがままに身体の力を抜いた。これで自ら掘った墓穴を埋められるのならば、まぁまぁ悪くない。
 老成していると言われることの多い刑部ではあるが、これでも健全な男子高校生である。ヤりたいお年頃なのだ。全自動でヌいてくれるのだから便利なものではないかと、官兵衛の盛りがついた時は基本的に流されることにしている。
 無言を肯定と受け取ったか、官兵衛の舌先が耳の中に入り込んできた。ピチャリと水音が鼓膜を震わせて、寒気に似た感覚が背筋を駆け下りていく。
 胸元から入った手は浴衣の合わせを押し広げつつ、腰を抱き、乱れた裾の間から逆側の手が滑り込んでくる。
 サラリと太腿を撫でたのは一度きり。即座にまだ勃ち上がっていない一物をやわやわと揉まれて目を細めた。
 官兵衛との情事はいつもこうだ。早急で飾り気のない愛撫、互いに男であるから一物を弄くられるのが一番悦いとわかっている。ゆえに雰囲気もへったくれもなく、前を弄られ後ろを弄られ、突っ込まれて動かれて、何をするともなく事が終わる。あまりに足早く事が成されていくので、最中も事後も息苦しく、唇を交わすことは滅多にない。
 刑部はそれで構わないと思っている。甘い情で交わっているのではないのだ。女とするよりも楽で良い、それだけだ。
 睦言など聞けばそれこそ興ざめる。
 ゆえに互いに交わす言葉はなく、衣擦れの音と庭の竹の葉音、決して合うことのない息遣いだけが部屋の中に満ちる。
 幾度か摩られるにつれて身体は素直に昂ぶってきた。
 刑部は「はっ」と小さく息を吐いて枕に額を擦りつけ、枕元に置いてあったティッシュに手を伸ばした。
 何が楽しいのやら、息荒く背中に覆い被さり、人の一物を弄り倒している官兵衛は、おそらくここが仮宿だということを失念している。「布団を汚したら後々面倒になる」と、わざわざ余裕のない身を動いてやったというのに、伸ばした手を捕まれて、畳に縫い留められてしまった。
「っ、布団、が」
「手に出しゃあいい」
 さも当然、というように言い返されて眉を顰めた。こんなところでエコロジストを気取らずともよかろうに――思えども言葉にはならなかった。そして奇妙だと思う暇もなかった。
 すなわち官兵衛の思惑にも気づかなかったわけで。
「よし、まぁいけるだろ」
 達した後、ボソリと呟かれた言葉が何を意味しているのか、快楽に酩酊したばかりの頭で理解した時には遅かった。 
「ヒィッ!?」
 不躾に後口へと入り込んできた異物に身体が跳ねる。
 刑部の反応を予想していたのだろう。官兵衛は腰に回していた腕を離して刑部の首根っこを押さえつけてきた。
 枕に頬を擦り付けられつつ、顔半分を橙色の明かりで染め上げた官兵衛を睨み上げる。
「黒田……っ、何を、考えて……おるっ……」
「ナニしか考えとらんが」
 脳みそが入っているのか疑いたくなる応答であった。
 俄かには信じたくない。精液のみを潤滑剤にして事に及ぶなど――指だけでもピリピリと痛んで、ろく口が回らなくなるほどなのだ。本体が入ってきたら尻が裂ける。
「や、やめよ……やめぬか!」
 顔を引き攣らせて恐怖する刑部にお構いなく、入れられた指が内壁を広げるように蠢き始める。抵抗を示そうにも首の根を押さえつけられて身動きが取れない。
 何とかならぬものかと腕を伸ばしても、官兵衛の膝にしか届かない。ならば足を使おうと試みたが、布団に両膝をつき、尻を突き出している格好で後口には指が入っている。無理に動けば、とんでもなく痛い目を見るだろう。
 そうこうしている間に指が2本に増えて、痛みの表現がピリピリからギシギシに変化した。
 滑っている感覚が一切ない。文句を言う余裕さえ奪われた。短く断続的に息を吐いて、指が蠢く度に強張ろうとする身体を宥めなければ簡単に傷がつきそうな気がする。
 生理的に、痛みゆえに、それとほんの少しだけ恐怖で目尻に涙が浮かび、ホロリと流れ落ちた。背後で膝立ちになっている官兵衛の姿が滲んで見える。
 それでも官兵衛は一向に攻め手を休めようとしない。
「くっ……くらァァァ……!」
 どうにか搾り出した声音は、聞いた者をもれなく呪殺できそうな雰囲気が漂っていた。普段から喘ぎ声など微塵も漏らさず、情事の最中であっても毒を吐きまくっている刑部ではあるが、それにしたって酷い声音であった。
 官兵衛もようやく「これはマズイ」と理解したらしい。
「解れんな」
 むすりと不満げに言って指を一気に引き抜いた。
「ぎぁっ……!」
 内壁が引きずり出されたような感覚に「ギャア」と叫びかけたのを、すんでのところで噛み殺した。夜は更けているが深夜と呼ぶにはまだ早い時刻、廊下を歩く人間にでも聞かれたら流血沙汰でも起きたかと思われて、許可なく強引に部屋を開けられてしまうやもしれぬ。
 いや、今ならむしろ開けられても構わぬだろう。己の痴態を晒すのは気が滅入るものの、官兵衛が性犯罪者として現行犯逮捕されるならば、尻の一つや二つ見られたところで満足だ。そのくらいに非道な振る舞いをされかけた。
 ぐったりとうつぶせに身体を伸ばして考えを巡らせる。
 まったく、一体どうしたというのか。
 普段も普段で強引な始め方をする男だが、強引なだけで乱暴ではない。刑部が痛がる真似をすれば、すぐにうろたえて行為を中断する。そういうところが手玉に取れる要因となっているのだ。それなのに、何故――
 答えに行き着く前に、再び背後から影が被さってきた。刑部の背中の上に跨ったまま、刑部が頭を乗せている枕の真横に手をついて問いかけてくる。
「無理をさせたか?」
「見ればわかるであろ」
 わざわざ聞く方がどうかしている。刑部は怒り心頭の冷たい声音で言い捨てた。さっさと謝罪すべきだ。でなければ二度と触れさせてやらぬ、と心に決めて、イマイチ表情の定かでない官兵衛の顔を睨みつける。
 官兵衛はしばらく口を噤んでいたが、ふと眉間に皺を寄せて「悪い」と短く謝った。何か釈然としない謝罪である。
「誠意が見えぬな」
「ああ、それは後で言う」
「……あと?」
 何の。ナニか。まだやるつもりなのか。
「断る」
 刑部の決断は早かった。言って即座に肘を立てて上体を起こし、匍匐前進で布団の上から這い出ようとした。
 しかし官兵衛の筋力の方が上回っていた。片腕で軽々と腰を抱えられ、引き寄せられて浴衣を捲られ――剥き出しになった尻に硬くて熱いモノが押し付けられる。
  刑部は己の身体からサァ、と血の気が引く音を聞いた。
「待て、ヌシ、まさか、勃れ……っ!?」
 全てを言うまでもなく後口に圧が掛かった。そして正解だと言わんばかりに、とてもじゃないが受け入れられるとは思えない狭い入り口へと腰を進めてくる。
「ヒッ……ィア……!!」
 抉じ開けられた穴が引き攣れているのがわかる。ガクガクと膝が笑うが、腰をしっかりと抱えられているために伏すことさえも叶わない。一体、どれだけの分量を勃れられたのか、我が身はどうなってしまったのか。
 そして、なによりも、なによりも――
 どうして官兵衛はこんな酷い仕打ちをしてくる?
 得体の知れぬ恐怖、先行きの見えぬ不安。縋れるものは目の前に転がっている枕くらいしかなかった。
 そばがらの詰まった枕は両手で握り締めるとジャリ、と硬い音がする。家の枕とはまったく違う質感が心細い。
 こんなことになるなら旅行になど来なければよかった。
 切に思った。滅多にしない後悔をした。そんな刑部の内心を知ってか知らずか、官兵衛は本物の盛りのついた犬のように息を荒げている。ついに裂けて血が出たか、刑部の腹の中には、じわりと生暖かい感触が広がっているというのに――ああ、やはり嫌われているのだろうか。
 それは些か、物悲しい。
 けれど、他に繋ぎとめる術が見当たらない。
 刑部は固く目を閉じて痛みをやり過ごそうとした。もはや何もかもどうでもよい。好きにすればよい――そんな境地に至りそうになった瞬間、官兵衛の身体があっけなく離れた。
 ふぅ、と場違いな、清々しいため息が聞こえてくる。
「よしよし、これでもう痛くないだろうよ」
「……?」
「よく頑張ったな。えらいぞ、刑部」
 労いの言葉に加えて、短い髪を逆さまに撫で上げられた。恐る恐る振り返ると、一仕事終えたかのように深呼吸をして、手の甲で額の汗を拭っている官兵衛がいる。
「……裂けた……」
 刑部は呆然としながらポツリと呟いた。主語の抜けた意味のわからぬ呟きだが、官兵衛は悩むこともなく、
「先っぽ1センチしか入っとらんのに裂けるもんか」
 あっけらかんと答えらしきものを寄越した。
 刑部は訝しげな顔で首を捻った。たしかにそれならば裂けそうにないが、腹の中には生温い液体が広がっている。
 改めて意識すると大層、気持ちが悪い。何を注いだのか問い質そうと手の甲で目元を拭い、瞬きをしてから官兵衛の顔を眺めてみたのだが――ふと、そこで思い当たった。
「黒田。何ゆえヌシはそんな晴れやかな顔をしておる?」
 嫌な予感をヒシヒシと感じつつ、硬い声音で問うた。
「そりゃあ出すもん出したからな」
 これまた、あっさりと告げられた。内容を鑑みると癪に障るどころか逆鱗に触れる態度である。
「……何を、どこに出したか、簡潔に説明せい」
 今度は眦を釣り上げて詰問した。予感が確信に変わったのに便乗して、恐怖も不安も怒りに変貌を遂げた。正直に答えようものなら締め出しを食らわせる。嘘を吐こうものなら縁側の窓から庭へと投げ捨てる。
 そう決めて、返答を待ち受けていたら、
「なんだ、まだわからんのか? 中出しだ、中出し」
 まるで反省の色が見えない、すっとぼけた面構えで堂々とのたまったので、ひとまず目に付いた箱ティッシュを思い切り、渾身の力を込めて投げつけておいた。



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