「っ、家康!」 すぐさま背けようとした顔を乱暴に捉えた。家康の下肢を覆う布に片手をつき、逆の手で顎を掴み押さえる。勢い余って家康の頭が壁にぶつかり、ゴンッと痛そうな音が鳴ったが哀れむ気は起きない。 「家康、私を見ろ」 ギラリと鋭い眼光を放ち、股座の間に陣取って膝立ちになった。鼻先が付きそうな至近距離で仰け反らせた顔を見下ろす。家康は両眼を閉じ、口も閉じ、息すらも止めて首を振っている。 「目を開けろ」 「無理だ!」 「何故だ。理由を言え」 疚しいことがあるのか、再び黙り込んだ家康の口を開かせようと掴んだ顎に力を込めた。眉間に刻まれた皺が余計に怒りを煽る。爪先が頬に食い込んで痛むのだろうが、それならさっさと理由を吐くべきだ。 もう一度、殺気を孕んだ声音で「言え」と静かに恫喝した。空いた手は無意識の内に拳を形作っている。 「下半身の問題だ!!」 ついに観念したのか、いや混乱の極みに置かれて自棄になったとでも表するべきか。家康は喉が張り裂けんばかりの大声を張り上げた。血反吐を吐くような、と表するにふさわしい断末魔の雄叫びである。 そして、どうやら本心であるらしい。 「なるほどな」 言葉の真意を図りかねて「ひとまず言に上った下半身を確認してみるか」と捲った布の下。家康の股座の中央にあるソレは、緩やかに屹立し始めていた。家康は顎から手を離された後もぎゅう、と目蓋を閉じたまま、三成の身体を包むような形で両腕を浮かせており、それはそう、言うなれば死んだ蝉のような格好で硬直していたが――三成が声を掛けたことでようやく下を見られていることに気付いたらしい。 「ぬぉあぁぁっ!?」 と、素っ頓狂な声を上げて、布の上から己の中心を両手で包み隠そうと試みた。 「っ、んな、な、」 「貴様、衆道の気があったのか」 圧を加えられて、指先に摘んだ布がピンと張る。三成はそれをチョイチョイと引っ張りながら、耳まで真っ赤に染まった家康をマジマジと眺めた。少しばかり意外であったが、それほど驚くようなことではない。 「何をうろたえている? 別段、珍しい話でもないだろう」 三成は当然のようにサラリと口にした。男所帯の武家社会において衆道は公認されている。男所帯であるから余計に、であろう。人目、特に女の目を気にする必要がないので「あの将とこの将が怪しい」だの、「どこそこの武将が新しい色小姓を飼った」だの、昼夜を問わず世間話のついでとばかりに口にする。 三成がそれらの会話に加わったことはもちろんない。ないのに耳に入るというのは相当周知されているからだろう。 だが三成の発言を聞いた家康は大口を開けて、さっと顔を青ざめさせた。赤くなったり青くなったり忙しない男だ。うろたえている理由を考えて、ふと思い当たる節があった。 「もしや貴様、衆道を知らないのか?」 世間知らずな家康のことだ。過保護な三河武士たちが「竹千代さまの耳を汚してはならぬ」とこぞって隠蔽していた可能性もある。三成は後学のために教えておいてやろうと親切心から口を開いた。 「戦の世、男しかいない戦場で男を性欲の捌け口に使うというのは常識だ。将であれば戦地において女を買う金もあるが、農民上がりの兵卒にそんな余裕はないからな。手短な相手で済ませるのが常だ」 「そ、それは、三成も、その、経験があると?」 「私に衆道の気はない、が……嫌悪は湧かん」 ない、と断じた後、己の姿を鑑みて「これでは説得力もなかろう」と言い訳にもならぬ言葉を付け足した。衆道の気がないのは事実であるが、単に人肌が恋しかっただけだ、と素直に吐露するのは自尊心が許さない。その上、嫌悪が湧かないのも嘘ではなく、触れる体温が心地いいのも確かであり、瞠目してうろたえる家康の様子は少しばかり可愛らしく見えなくもない。 ふと――思うことがあった。 「貴様なら相手をしてやってもいい」 捲っていた布から手を離し、未だ熱の失せぬ身体へとスルリと身を寄せた。 「私では不服か?」 耳朶を食み、クツリと喉を鳴らして耳穴に息を吹き込みながら問う。 「よくしてやるぞ。私は……慣れているからな」 精一杯の虚構であった。成り上がりの身ではあるが秀吉に直接、拾われた三成に男相手の経験はない。衆道の気もないのに好き好んで、同性に身体を触らせる者などいないだろう。見目は麗しいが堅物・苛烈で知られる三成だ、言い寄られることも少なかった。 性欲が強い方でもないので女相手の経験すら少なく、もちろん誰かを口説くだとか言い寄るといった経験も皆無だ。先の言葉はその数少ない経験の際に遊女から告げられた睦言である。 では何故、家康に迫っているのか。 一計を案じたのだ。裏切らせぬための保険として。己の身体で家康を繋ぎとめることはできまいか、と考えたのだ。 「家康……どうだ?」 太い首に鼻先を埋めて低い声で囁いた。 家康はゴクリと喉を鳴らしただけで、相変わらず身体を強張らせている。声で返答は返らない。態度にも明確には現れなかった。膝の上に腰を落ち着けた三成を扱いかねているようだ。両肩の近く、触れるか否かの瀬戸際で両手が不恰好に浮いている。 だが聞かずとも答えはわかっていた。触れるだけで十分だ。 密着した胸から早い鼓動が伝わる。わき腹をなぞり、壁と腰との間に腕を差し込んで抱きしめると大仰に身体が跳ねた。女との情事のように首筋を舌先で舐って肩に甘く食いつけば、股座の間から隠しようのない膨らみが起き上がってくる。 「っ、三成……!」 きっと家康本人も己の有様をよく理解しているのだろう。羞恥と困惑に満ちた情けない声で名を呼び、羽毛のごとき柔らかさで三成の両肩に触れた。引き寄せるとも組み敷くとも引き剥がすともつかぬ絶妙な力加減だ。本当に嫌がっているのかもしれない。 三成は家康の表情を確かめるべく怪訝な面持ちで身体を離した。隙間の空いた胸元が心許ない。戸を閉じても入り込んでくる湿気が入り込んだせいだろうか。一瞬で身体が冷えた気がする。 「何故止める?」 「そ、そんな風に、気安く契りを結ぶというのは…如何なものかと、ワシは思うんだが……」 何か釈然としないらしい。家康は狼狽しながらも下肢に伸ばそうとした三成の手を押し留めた。しかし言葉の末尾に普段の力強さはなく手首を掴む力は弱い。こういう時の家康は押し切れば、すぐに流されるに決まっている。 「ブツブツとうるさいぞ。やるのか、やらないのかハッキリしろ」 「三成っ、待て……!」 掴まれた腕を退けて、逆の手で布の上から昂ぶりを握った。一旦決めた事に関して制止の声では止まらぬ三成である。家康から拒絶の意思を感じ取れなかったこともあり、遠慮はいらぬだろうと昂ぶりを上下に揺すった。 家康はそれだけでも存分に快楽を感じたようで、ハッ、と短く息を吐きながら三成の手首を強く握り締めてくる。ギシリ、と鈍い痛みが走って少しばかり眉を顰めたが、動きを止めるほどのものではない。 むしろ、その痛みにこそ煽られる。 抗う者を狩る感覚が身を包む。戦場を駆けている時の高揚に似ていた。多少の抵抗がなければ面白みがない。だが自軍の圧倒的な優位は決まっていて勝利は目前に在る。そんな、理想の戦運びに似た今の状況。 「家康、見ろ。もう溢れそうになっている」 三成は獰猛な笑みを湛えて柔らかい先端を揉んだ。欲を孕んだ白い布がじんわりと濡れている。 「っ、ぅ……」 押し殺した苦しげな吐息が肩に降った。 いつしか手首は離されていた。顔を見せたくないのだろうか?家康は三成の背中に片方の手を回し、もう一方で三成の後頭部を掴み、自らの肩口に抱え込んでいる。けれど隠せていない。さらに温度を上げた身体が確かに快楽を感じているのだと赤裸々に伝えてくる。 だから、もっと素直に喘げばいい。どんな表情を浮かべているか見てやりたい。 身を苛む欲求のままに身を起こす。嫌がるような唸りが上がって頭を押さえつける力が強まった。まだ余力が残っているらしい。 しぶとい奴め、と布を剥いで、張り詰めた昂ぶりを直接握り締めた。 「ぅあっ!?」 冷えた手に驚いたのか、家康の身体がビクリと跳ねて――熱い飛沫がビシャリと飛び散る。 「……早いな」 三成は些か驚いた顔で呟いた。白濁に汚れた指とゼェゼェと息を荒げている家康の姿を見比べる。結局、どんな表情をしているかはわからず仕舞いだ。家康は達すると同時に三成の頭を解放して両手で顔を覆ってしまった。 「家康、よかったか?」 覗き込むと分厚い掌で目隠しされた。 一瞬、拳でも飛んでくるかと身を強張らせたが、ムリヤリ出された後でも持ち前の忍耐力は発揮されているらしく、ゴツリと床を殴る音が聞こえてきた。ベキリでもバキリでもない、ゴツリだ。床に対しても手加減したらしい。 半兵衛の庵だ。壊されずによかったとホッと安堵しながら、視界を塞がれたままで更に、もう一度問い掛ける。 「よかったか、と聞いている」 目隠しをしている掌がぐっと押しやられた。拒絶されたのだろうか、口を利くのも嫌なくらいに無理強いをしてしまったのか。表情が伺えないのだから聞くしかない。三成は、どうしても答えを聞いておかねばならなかった。 攻めるうちに忘れてしまっていたが、これは家康を豊臣に縛り付けるための策なのだ。嫌がられてしまっては元も子もない。 「家康」 再び名を呼ぶと目隠しが外れて抱き寄せられた。相変わらず顔は見えぬが、ぎゅうぎゅうとしがみついてくる腕は必死で、子供じみてはいるものの先を求めるような節がある。 ――どうやら、上手くいったらしい。 三成はひっそりと口元を歪めた。これで家康は豊臣を裏切らない。どこの馬の骨とも知れぬ女の力を借りずともよくなった。半兵衛の策を崩すことなく完遂できる。 next/back/top/novel |