関ヶ原の地において西軍は敗北した。大将同士の一騎打ちに負けたのだ。完膚なきまでの敗北である。三成は当然、殺されるものだと思っていた。 剥き出しの岩肌に仰向けに倒されて、目の前には家康の拳が迫っていた。振り下ろされる拳はやけにゆっくりと見えて、拳の向こうにある家康の表情も鮮明だった。 ああ、なんだ、一般兵とさして変わらぬではないか。 三成は家康の目に宿る強い光を目の当たりにして、ふと己の敗北の要因が何であるかを理解してしまった。 家康の目に宿る光は生きようとする者の目だ。帰りを待つ者のため、己が抱く領民のため、生きて故郷へ帰りつこうとする武士の顔だ。 家康にとっての故郷は日ノ本の国全てだったのだろう。秀吉の考えに異を唱え続けていたのは守るためだ。身を固め、攻撃の為の力も内に注ぎ、外からの侵略を阻むことで国を強くしようと考えているのか。 そう思い至った瞬間、三成の中で厚く張っていた氷が溶けた。秀吉と家康は同じだったのだ。やり方は別でも国を憂い、国を思う心は同じであった。 そう、気づけただけでもはや悔いは残らなかった。 三成が思うに至ったのは瞬き一つ分の短い時間であった。迫り来る拳は止まらないだろう。「貴様の考えが理解できた」と伝える言葉も口に出来ない。 何もかもが遅すぎた――遅すぎたのだ。 グシャリ、と鈍い音がした。 三成は目を閉じて穏やかな表情をしていた。 「意外と痛くないものだ」と目を閉じたまま思った。サワサワと風が流れて髪を揺らす。戦の匂いを孕んだ風だ。遠くで勝どきの声が上がった。あれは東軍のこえだろうか、それとも既に自分は秀吉や半兵衛の下に辿り着いていて、彼の人たちが上げた勝利の声を聞いているのかもしれない。 ポタリと鼻先に、目尻に、頬に暖かい雨粒が降り注ぐ。 ――ああ、近江の春雨だ。 三成はふわりと口元を緩めて眠るように意識を手放した。 終. ----備考---- ちゃんとした監禁ネタを書いてみようと試みて、ツイッタでぼそぼそ吐き出した。この後の続きを「誰か書いて!」って言ったら「これで終わってるじゃないですか……!泣けた;;」とサクさんが褒めてくれた。サクさんはすごく優しい。 top/novel |