官兵衛は難儀している。腕を組み、「ぐむむ」と唸ること約10分。ここ数日、連日同じことを繰り返している官兵衛は某ディスカウントストアの店員から奇異の眼差しを向けられていた。知っている。そりゃあそうだ。毎日通って、布団売り場を眺める男。己の見た目があまりよろしくないことも知っている。しかし、もはや体裁など気にしておれぬ。 数日前。九州へ転勤となった官兵衛の元へ、関東に置き去ったはずの刑部が忽然と現れた。刑部は手にしていた合格通知――それも東大の合格通知だ――をビリビリと破り捨て、大学が始まっているはずの今も、何故だか九州に留まっている。「戯れよ」理由として聞いたのはその一言のみで、他に明確な説明はない。思慕に繋がるような言は一言たりとも告げられず、されど当然のように官兵衛の部屋で住み暮らし始めた。 どうしていいやら、諭して帰すような真似はできなかった。手放したくない、傍に置いておきたい。この先の長い人生を、約束されていたであろう未来を食い潰してしまうことになろうとも、片時も離れることなく共に在りたいと願う。 しかし、それを口に出すまでには至らぬ。怖いのだ。覚悟が決まらない。先の見えぬ未来、磐石な人生を捨てさせて、その責を負える自信がない。「今しばらく、もう少し明瞭な関係になってから」と思いつつ、なし崩しの形で同棲を開始しているわけなのだが。 問題が一点あった。布団が一組しかないのだ。 刑部は身体の具合が悪い。まさか床の上で寝かせるわけにもいかぬ。かと言って、己が床の上で寝るのも嫌だ。そして、これが一番厄介であったのだが――引っ越しに際して「今までより少々間取りが広い。ならば身体を伸ばして眠りたい」と新調したベッドが2人で並んで眠っても、さほど支障のないセミダブルサイズなのだ。 官兵衛が仕事を終えて帰ると、刑部はそ知らぬ顔でベッドの上で眠っている。ここでまず、一つの二者択一が生まれ出る。刑部と共にベッドで眠るか、床で眠るか。 互いに己の内心を口にしたことはないが、やることはやっている間柄である。あえて床で寝るというのはどうなのか。拒絶に等しい気がする。少なくとも己がそういう態度を取られたら、距離を取られている、疚しいことがあるのではないかと勘繰るだろう。気持ちが離れつつあるのではないかと――まぁ、そんな殊勝な気持ちが刑部にあるのかどうかはさておき――いや、さておくのも如何なものか。 こう考えて帰宅早々気が沈む。「埒が明かんし、刑部は寝ている。明日に回すか」と考えるのをやめて、「小生は布団で寝たいだけだ」と己の願望を誤魔化しつつも優遇して、刑部の隣に寝転がれば、今度は別の二者択一を迫られる。 官兵衛の身体は大きく、セミダブルといえども2人並べば少々手狭になる。そして現在の季節は春、まだコートを手放せぬ程度の冷たい春である。 寝ていると思いたい。熟睡して寝惚けていると考えたい。でなければ性質が悪すぎる。刑部は暖を求めてか、隣に転がった官兵衛の身体に身を擦り付けてくる。普段の刺々しい毒はどこにも見受けられず、官兵衛の背中に包帯の巻かれた小さな額をコツリと押し付けて――安堵したような吐息を一つ、長く細く零すのだ。 心臓に悪い。寝不足になる。振り返って抱きしめて、組み伏せてしまおうかと葛藤する。行動に移せぬのは気を損ねるのが怖いからだ。「堪え性のない犬がいつまで耐えれるかを推し量る。そういう戯れであった」下賎の者を見る目で斜に構え、現れた時と同じくフラリと去ってしまうやもしれぬ。今までの経験上、こちらの可能性の方が圧倒的に高い。 けれど少しだけ、希望的観測を持ちたい。布団を買って来いと命じない、その一点に賭けてみたい。しかしこれはこれで分の悪い賭けである。「布団の一つも買って来ぬとは気の利かぬ男よ」そんな理由で去ってしまうことも十分に考えられる。なにしろ東大に受かるほどの頭だ。考えや思惑を見通すことなどできようはずもない。 「……温くなってから考えるか」 やたらと耳に残るテーマ曲を背に浴びつつ、今日も今日とて手ぶらで店を後にした官兵衛はすっかり更けた夜空を見上げて独りごちた。この息が白くなくなれば、おのずと答えは出るはずだ、と見切りをつけてコートの中からタバコを取り出し、火を点けながら歩を進める。 両手をコートのポケットに突っ込んで、少々前のめりに背中を丸め、眉間に皺を寄せつつ。急ぎ足で歩く姿が傍目から見ればどんな風に見えるのか――官兵衛に伝わることはなく、また伝える者は淡い眠りの淵に在る。 (春の嵐に惑えや惑え) 了. ----備考---- とびみずさんちの現パロ官吉が最終的に九州で同棲し始めると聞いて。寝落ちしはったスカイプチャットに書いたもの。寝起きドッキリな便所のラクガキ。 素敵すぎるイラストで逆ドッキリをしてくれたとびみずさんに愛を叫びたい。 とびさぁぁぁぁん!大好きだぁぁぁぁぁ! top/novel |