じわりじわりと蝉が鳴く。 天高く上り詰めた太陽に照らされて青葉の茂る庭先に向き合うは2つの痩躯。 縁側から見て右に立つ者は暑さなど微塵も感じぬかのように悠々と。 左に立つ者はポタリ、ポタリと尖った顎先から汗を滴らせている。 (隙が、見当たらない) 左に立つ者――石田三成は木刀を腰に携えたまま、四半刻ほど動けずにいた。 珍しく暇を貰ったのだという竹中半兵衛はまだ涼しさを残していた朝方、共も連れずに突然、三成の屋敷を訪れた。ちょうどその時、庭先で剣術の稽古を行っていた三成は汗も拭わず、慌てて出迎えた。 わざわざ休日の日に足を運んでいただけるとは恐悦至極、ましてや「久々に稽古をつけてあげよう」と申し入れられては断る理由もない。 だがギラギラと照りつける日差しの下、長々と稽古に付き合わせてしまうなど言語道断。されども、わざと負けに掛かることも無礼に当たる。いかにして上手く稽古を終わらせることができるか―― 右手に関節剣を携えた半兵衛と向き合った瞬間、そんな風に考えていた己を恥じた。 慢心があった。小姓時代に住まわせてもらっていた城屋敷を出てから三成の背丈はグングンと伸びている。今や少しではあるが半兵衛よりも上背があるし、昔と比べれば肩幅も随分広くなった。 だが向き合う半兵衛の小柄な痩躯から滲み出るのは、体躯の差では到底埋まらぬ鋭利な威圧感。 降り注ぐ日差しは暑い。しかし絡み付いてくる半兵衛の気配は冷たい蛇の身体のようだ。いくら関節剣に黒皮の歯止めを施してあるといっても、消し去れぬ殺気が足元からにじり寄ってくる。 少しでも気を緩めれば即座に命を刈りとられる。 心は極限の緊張状態を保ち、身体は腰を低く落としたまま、三成は指先一つ動かせずに涼しげな顔の半兵衛を見据える。 「あ」 ふと、声を上げて半兵衛の表情が緩んだ。 好機、と思えど腕が動かない。 (身体が、妙だ) 目の前が激しく点滅している。踏み出したはずの足が地に着いているのかどうかすら分からない。 薄紫色の鼻緒、雪駄を履いた白い足が慌てて駆け寄ってくるのが見える。 (あぁ、そうか) 暑気に中ったのか、と理解したのは地に肩を落とし、意識が途切れる直前。 赤く瞼を焼く太陽を憎みながら三成は意識を失った。 「ああ、よかった。目が覚めたみたいだね」 目を開けた三成は自分の体勢に驚愕した。 真正面に安堵の笑みを湛えた半兵衛の顔がある。その後ろには影に覆われた天井が。そして頭の下には心地よい硬さの、ほんのりと熱を持った枕が敷かれている。 ――すなわち、半兵衛の膝が。 「も、申し訳ありませ……っ!」 三成は慌てて飛び起きようとした。だが意に反して目の前がグルリと回る。 行動を予測していたのか、半兵衛はすぐさま三成の額に手を当てて自らの膝の上へと押し戻した。 「無理は禁物だよ」 「し、しかし……」 「いいから、おとなしくしておいで」 「そっ、そういうわけにも……」 「じゃあ、こうしよう。僕が甘やかしたいんだ」 ふわりと目元を覆うようにして下りてきた掌。 光を遮られたその中で、聞こえてきた声に三成は目を見張った。 「だいたいねぇ、三成君は冷たいよ。廊下ですれ違っても他人行儀だし、屋敷を出てからちっとも会いに来てくれないし。僕のことはもういらないの?」 戯言のように、わざとらしく拗ねた、けれど寂しさを滲ませた口調で手早く降った言葉たち。頭のよい半兵衛のことだ。自身や三成の立場、小姓であった頃とは違い、馴れ馴れしくは振舞えないことはわかっているだろう。 「ふふっ……なんて、ね。嘘だよ」 案の定、すぐに継ぎ足された台詞に胸が熱くなる。 「三成君はもう立派な豊臣の武将だ」 突き放すように言い、サラリと退けられた掌の奥に見えるのは、先ほど庭先で対峙していた時と同じ、固い決意を宿した紫の瞳。 「心配することなんて何一つありはしない。いつだって傷を負うことなく無事に帰ってくる。一つ戦いを終えて、すぐさま次の戦いへ赴くために――そうだろう?」 緩みかけた三成の心を叱咤するように厳しい声音が降る。だがそれは三成に向けられているというよりも自らに言い聞かせるような声音であった。 心配をしてくれている。けれど、それが三成の足枷とならぬよう配慮してくれている。――一介の武将として、扱ってくれているのだ。 「……私は幸せ者です」 だって、貴方と同じ戦場を駆けることができる。 言葉にせずとも伝わったのだろう。半兵衛は満足げに頷き、もう一度だけサラリと三成の額を撫でた。 了 ----備考---- 絵チャで滾って二窓で執筆。勢いだけでオチ行方不明。 短編、難しいですよ(ショボン novel/top |