なんとなく
わたしは雑巾なんだなと思う
生まれてからずっとそうなんだなと思う
シルク、カシミアとは 中身も外面も違う
ただ、雑巾なんだから、雑巾らしい対応をされているだけなんだなと思った
雑巾だから、たくさん使われて、ボロボロになって、汚れて
シルクやカシミアは大切にされるけど
雑巾だから、そういう使い方をされるのは当たり前なんだと思うと、すごく納得がいった
でも怖いし嫌だから わたしは誰にも触られないように 遠くでひとりでいるのがいいんだなと思った
なんとか漂白すれば、ほつれを縫えば、生まれたときの白い姿くらいには戻れるかもしれない
刺繍やパッチワークを施せば、多少マシな身なりになるかもしれない
でも、相手にそうしてもらうのを求めるのはあまりにも残酷なことだから、やっぱりわたしはわたしで頑張っていくしかないんだなあ と ふと思った

父親から愛されてこなかったので、そりゃ他人に愛されるわけないよな、ってずっと納得してる
愛されたとしても、それが愛だと認識できる可能性が著しく低いと思う 欠陥動物

「母性がある」って言われて嬉しかった
子供みたいな男の人好きだし
「わたしはあなたの母親になるから、あなたはわたしの父親になって」って、ずっと思ってる
妙かな

妹が歌舞伎町でいろんな男に愛されてるって言ってたり、夜の店が仕事として1番続いてたり、妹も母親も、妹の恋人のバーの店員のことを心から信頼してて、なんなら「父親がわり」のように接しているのを見て、わたしは、ああ、わたしの家ってやっぱりおかしかったし、みんな平気なふりして孤独だったし、寂しかったし、盲目なんだなと思った
わたしはその輪に入れなかったので、さらに孤独だなと思った
本当に帰る場所、もうないんだなって思った



2023/05/23



あんな暗いこと書いてたけど、毎日意外と全然元気
最近好きですって言われて なんかすごくそこから元気になった(全然そんなこと言ってもらえる間柄じゃなかったのに)
がんばります ありがとう



2023/04/10



中学・高校生あたりから自覚してたけど、改めて調べてみてわたしって愛着障害なんだろうなって思った
自分の安全基地が「自分」なの、多分よっぽどのことがないと揺らがないと思う 昔は愛されるように色々やってみたりしてたけど、悲しいけど仕方ないって諦めてる 自分が愛されるような価値を第三者に提供できないから
最初に付き合った人と話したり色々接してるとすごい安心感があって、「もしかしてこの人だったらわたしの安全基地になってくれるのかもしれない」ってずっと思ってたけどそれは見事に砕け散って、そのあと色々頑張ってみても結局だめだなと思った
だんだんそういうことを重ねていくうちに、恋愛に色々期待したり煌めいたものを感じていた気持ちがどんどん薄くなっていって、ああもう無理なんだろうなって なんかもう、しないほうがむしろいいなって
わたしはめんどくさいのでみんな関わらない方がいいと思います
なんの魅力もなくてめんどくさくて可愛げがなくてごめんなさい
もうひとりでずっといます すみません
ここ一年泣いてなかったけど、このことに気づいてから、最近は夜泣きがすごい
自分の書いた小説とか音楽の歌詞を読み込むと、わたしが愛着障害である気が散見されて
「抱きしめて」とか「拒絶してごめん」「愛されたい」みたいなことがたくさん書かれてて これがわたしなんだなと思って 誰も抱きしめてくれないなと思った



2023/03/29



くるっと変わった
生き方の風向きが



2023/03/24



あんまり上手に小説とか音楽とか作れなくなった
なんか、わかんない、自分でも、なんか、でもたぶん、内省することがはっきり減ったのが原因だと思う、自分のことを一番に考えてるのは変わらないけど、はっきり言って正直幸せになってしまった

高校生の頃、周りが怖かった 嫌われてるんじゃないか、ブサイクだと思われてるんじゃないか、汚いし臭いと思われてるんじゃないかって本気でずっと怖かってて怯えてた。多分そのどうしようもない、脅迫的な恐怖感を作品にぶつけていたんだなと思う。
わたしはずっと太ってることがコンプレックスだったんですが、結果、上京してから15キロくらい太ったし、自分太ってるなって思うけど、嫌だなって思わなくなった。これ以上太りたくはないけど、めちゃくちゃ痩せたいみたいな願望もない。というのも、このわたしのスタイルを好きだと言ってくれる人に出会えたからだ。ひとりだけじゃなくて何人もだった。
所感、8割には「太りすぎだと思う(汗)痩せた方がいいのでは...」と思われており、1.5割には「タイプ(もしくは許容範囲内)だよ!可愛い!」と思われており、0.5割には「痩せてるじゃん(笑)ガリガリだよ」と思われている気がする。全部の反応されたことがあり、割合の所感がこんな感じなんだよ本当に。
わたしのことを可愛いと言ってくれた人たちありがとう。その言葉がわたしの糧になって本当に救われています。わたしが自分のこと可愛いと思えてるのはその人たちのおかげなので。
逆にわたしのこと蔑んできたりほんのり馬鹿にしてきたりしてきた人のこともきっちり覚えてるけど、別に思いっきり許さねえ...呪ってやる...みたいな気持ちには全然なれなくなってしまった。わたしの場合そういう気持ちが原動力になって作品へと昇華するんですが、もう別にどうでもいいや、幸せだし、っていう...
もはや自分の周りに精神的な話ができる人しかいないのも相まって本当に救われてきた
こんなことでかい声で言ったらしっぺ返しが来そうで怖いな、でもなんとなく大丈夫な気がするよ
なんとなくだけど、絵とか、それこそ(お店作る目標に向かって、漠然と)一つの世界を作り上げるところに今後活動が注力する気がします
もしかしたらいろんなことがあってどうでも良くなる可能性もある
オムライス巻ける練習しないとなあ
分裂症みたいな文章



2023/03/20



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無事展示が終わりました ありがとう
テーマは佐々木さんと考えた「天国」で、わたしなりに色々解釈したり、むしろ思うがままに描いたり作ったりしたものを置いたりできた

「天国」や「天使」はわたしがモノを作る中で無意識的にテーマにしてきたモチーフだと思う 愛らしい見た目や漠然とした世界観を絵や音楽に特別投影してきたように思える それこそ陶芸など、形のあるものには特別モチーフとして盛り込んできた。
なんだか気楽そうで羨ましい。上の立場で、神々しくて、色々命令したりしなかったり。サボったりしても怒られなさそうで、天使は羨ましいなと思う。そこにいるだけでOKというか...。

今回の展示で裏テーマとしてわたし個人でやっていたことがあって、わたしは在廊中、油絵にぜひ触れてみてください、と来てくれていた方々にアナウンスしていた。(色々気が散ってアナウンスできていなかった方がいたら申し訳ないです)
というのも、Twitterで見かけたツイートで、視覚障害者の人が展示場で来るな、何も感じることができないのに的なことを言われ差別を受けたというものを見たからだった。
わたしは美術やアートに全く精通してないけれど、自分の中には、「何人たりとも美術を楽しむ悦びを侵されてはならない」的なポリシーがあって、由々しき事態だと思うと同時に
確かに、目が見えない人が楽しむような施しは、美術の世界でされていると言えるのだろうか とも思った。(ていうか全くされてないと思う)
わたしは世界を変えることはできないし、変えたくもない(それで傷つく人もいるから。なら、わたしはわたしのことを愛してくれる人たちだけで世界を作り上げて、そこを心地の良い空間にしたい)ので、わたしにできることはなんだろう、と考えた時に出た施策の一つがこれだった。
実際、触る、ということはとても素晴らしいことで、油絵は特に、描いていても見ていても思うけれど、おうとつが本当に素晴らしくて、それこそ目で直接みたほうがいいなと思うんだけれど、その先の、触るとこまでできたらどんなに素敵だろうと、油絵を描く前からも思っていた。
悪意がなく破壊されてしまうのも、わたしは構わないと思う。形あるものはいつか必ず壊れるから。人間だってそう。破壊してしまったことで生まれる罪悪感の方が、もしかしたら価値があるかもしれない。そしたら、わたしはその人にそういう価値を提供できたのだから、それは本当に素晴らしいことだと思う。

何かを感じて、自分でできることがあるのに、何もやらないのは嫌だなと思ってやりました。
実は、油絵に触れてみてください、って言って、軽く意図を説明したとき(目が見えない人でも楽しんで欲しくて...的な)、お客さんの中にそのツイート(視覚障害者の人の)を見てて、そういう話もありましたもんね、って言ってくれている子がいて、そうそう! って思ったけれど、敢えて何もそのときは言わなかった。
わたしは文章のほうが気持ちを伝えたり言語化するのが優れているから。

あと、内省用と称して音楽のQRコードを貼ったりもした。わたしは展示とか誰かと見にいくのも好きだけど一人で見るのも好きで、一人で見に来た自分を想像して、こういうのがあって、世界に浸れる時間を作れたらいいなと思うのと、聴覚を支配することで世界に没入できるなとも思ったから。

視覚、聴覚、触覚(皮膚感覚)、これらを楽しめる「天国」。わたしが25歳で提示できた天国はこれでした。
いろんな苦しみを抱える人たち(それは名前がついていてもついていなくても、苦しければそう)をひとりでも救いたいなと思っています。
嗅覚もいつか支配できるようになりたい。自分で調合とかやってみようかな。

とにもかくにも、来てくれたみなさん、本当にありがとうございました。ほんとーにほんとーに嬉しかったです。また会おうね。



2023/03/02



自分から絵とか音楽とか陶芸やってるんですってあんまり言わない
話の流れで実はやってて...みたいなのはあるけど
実はこれにもこだわりがあって、わたしは絵とか音楽とか陶芸とか、ものを作ることがまあまあ得意なくらいな社会不適合者だと自分では思ってるけど
わたしという人間はただそれしかアイデンティティがない存在ではないから、普通にわたしはわたしという個の存在で見てほしいし面白いなって思ってほしいから
敢えて大声で言ってなかったりする
理想が高すぎるのかもしれない
やってますよー!って言えた方が楽だし色々やりやすそうなのはわかってるし
言ってもいいのかなと思うけど、ある種見せびらかしたくないっていうか

町中華のオムライス おすすめだとやっぱり高円寺の七面鳥がヒットする
ここは確かに美味しかった、前行った、安かったとにかく、でもお昼時だったからかな、人が混んでて遅かった思い出が根強い
コスパがいいから今度は飲みに使おうかな...

わたしの人生は、本当はお母さんが歩みたかった人生をなぞっているように感じる
お母さんは一度だけ、バンド?に誘われて、なんかステージで歌ったり?したらしい
うちの家系はアートに携わったり興味を持っている人が皆無な中、唯一なんかわたしっぽいなと思うエピソードだった
内省しまくるところもわたしに似てる
お母さんは多分、自分の気持ちがイマイチ理解できてなかったんじゃないだろうか それよりも、周りがどうしたらしあわせに、世間的に「問題ない」とされる状況になるのか それを気にしていたんじゃないかなと
結婚して子供ができたら自然とそうなるものなのかな

お母さんは本当に人を好きになって、そういう人と結婚できそうになって、でも自分の親に反対されたから諦めてしまったので、人を好きになれることなんて滅多にないんだから、結婚してたらよかったんじゃないのかなって、思うことがある

自分があんま人に興味を持てないのは、父親がわたしの父親として機能していなくて、だからあんまり「頼れる存在」みたいなのに現実(リアル)を感じないから、想像できないからだと思う
いまだに人への甘え方とかよくわかってないというか、下手というか、むしろ(自分が他者に甘えることを)屈辱にさえ感じる

「自分を俯瞰してきちんと見れてますよね、冷静に行動できますよね」ってここ最近二人に言われた、多分生きてきた過程もあるし会社の影響もあるなと思う わたしには、自分で考えないといけない状況があまりにも多すぎた



2023/02/15



なんかずっと
「そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな。」
みたいな。
エーミールみたいな。
ずっと、人に対してそんな感じで失望してたんですよね。
だからいつも、人と関わるたびに、また、エーミールみたいに絶望するんだろうな、って思ってたんだけど
そんなん当たり前で、聖人君主なんていないんだから
みんな適当にクズなところあるし、ゴミみたいなところあるし
しゃあないし、それって
なんかそう思ったら、「今はこの人と仲が悪い時期になってしまったんだな」みたいに思えて、すごく楽になった。
昔だったらがっつり縁を切ったりとか、すごく露骨に境界線みたいなのを張ってたと思うけど、今はそこまで極端じゃなくなった。

だから、わたしのこと応援してたりとか、今好きでいてくれる人たちも
わたしのこといつか「こいつ、けっこーくそだな。」とか思うとき絶対来るし
もう来てる人もいるかもしれないし
でもそれって普通にめちゃくちゃ正しいことだから
むしろ、盲信して信じ続けない方がいい、わたしのことを。

自分は性悪説なんですよ、みたいなことを上司と話してて
俺もそうだよって言ってた
なんか、そもそも人それぞれに対する感じが
コップいっぱいの水に、一滴雑巾のしぼり汁が垂らされてて
だんだん(信頼の)水は増えていくんだけど、そもそもしぼり汁が垂らされてるから、その水はずっと汚水のままだよね みたいな
わたしの、他者に感じる価値観っていうか、払拭されないんですよね、そういうのが
それでいいんだよ的なことを上司に言われて、安心した
でも結構わたしもちゃらんぽらんで適当だから、心から今お互いに楽しんでるなと確信する瞬間とか結構あったりするし、こういうのって考えるだけ無駄で、その場で感じたことが全てだなとか思ったりする

音楽って法則性があって(数式みたいなものが存在する、これは本当らしい。友達と上司が言ってた)
わたしの周りの音楽狂いの人は世界中の音楽を全部聴き尽くしてるみたいな勢いの人がほとんどなんだけれど
それって多分一つでも多くの方程式を見つけたいんだろうなって思う
ある種、数学者みたいなものだと思う 音楽は
理系なんじゃないかな そういうやり方をしている音楽を作ってる人たちは
わたしはそういうのまるっと無視して 感覚で作ってる
絶対に勉強しないって決めてる
勉強が大嫌いだからだ



2023/01/31



最近はもっぱら心がざわざわして、なんか色々起こるのかなーとか思ってるんだけど
そういうのにずっと身を任せて生きてきたから、今回もそうだと思う

自分が人生で一度は成し遂げたいと思っているお店を作るということ
プロダクトがすごくいいと自信を持って打ち出せる
全員いいと思えるものは作れないと思うけど、刺さる人にはきて欲しい
基本バーみたいな感じで、古着やらアーティストさんの委託やらができたらいいな
25歳で節目っていうこともあるし、今年からはちゃんと夢に向けて貯蓄していきたい
わたしは活動も、お店を作る理由も、「(自分も他者も)救済したい」というものがあるので
それは必ず叶う形になるようなものになる確信がある

年始に初めて家族と喧嘩した(わたしと妹が)
怒ってる概要をお母さんと妹に伝えたんだけど、なんか「今までありがとう」みたいなこと言われて
いやいやいやそうじゃなくて!妹のこういうところにわたしは傷ついたから一回考えてみて欲しい、ということを伝えた
で、ふと、ああ、わたし、今まで恋人と付き合ってきて、喧嘩するたびに苦手だな、みんなどうやって受け止めてるんだろうってすごい悩んでたんだけど
うちの家庭が全然こういう考えのぶつけ合いみたいなことをしてこなかったから、全員苦手っぽいなって気づけた

今年の目標でこれを掲げたのも喧嘩があったからなんだけど
今まで恋愛でこういう経験をしてきたので、ありがたいなと思った(わたしは結構これで慣れたと思う)

多分、今まで伝えるってことせずに 色々諦めて 自分の中で消化して
わりとなんでも自分でやろうとしてしまっていて、できてしまっていたんだと思うので
自分のためにも相手のためにも、気付きたいし伝えたいなと思った
そもそもあいての違和感気付けてた自分もいいなと思った
(今まで地元で暮らしてたときは違和感はあったものの「妹はこういうもん、親も注意しないし」みたいな感じでいなしてた)
(まあ、わたしがこう思ったからこうなれ、みたいなのはまた違うので、それはないようにする)



2023/01/18



いつか恋人と旅行へ行ってみたい。
今まで付き合った人と、旅行へ行ったことがなくて。
沖縄へ行って、海が近いところに泊まって、真夜中、真っ暗の海の前に座って、海が見えないから、海の音やしおの匂いで海を想像して、砂浜を裸足の足裏で感じて、色々普段考えていることとか思っていることとか、とにかく楽しい話をしたい。

色々恋愛のことというか、人との関わり方みたいなのも考えてて色々考えを逡巡させてたんだけれど、
なんか、色々巡り巡った結果、わたしって、触れられるのが嬉しくて、キスとか、ハグとか、胸揉まれたりとか嬉しくて、
なら、世間的に言われているセフレみたいな関係を異性と築けば解決なんじゃないか、とか思ったんだけどわたし、ふと付き合ってた人と話したことを思い出して。
「守る」という話をしていたんだけれど。

わたし、それで、ああ、「守りたい」し「守られたい」んだなって思って。沖縄の、夜の海で、ふたりでずっととりとめもない話をして、わらうこと、お互い守りあえてる人としたいんだなって思った。
セフレだと、間接的な、男女関係の「満たされ」はあると思うけれど、わたしが本当に求めてるものって多分それじゃなくて「守られること」だと思うから、だからセフレだと相手から一方的に搾取されていると思ってしまって長く続かないだろうなと思った。その前に、まずは自分自身を守れるように仕事を頑張ったりだとか、社会での立ち位置を確立させたいなって思う。
みんなこういうことを色々考えた結果、結婚したり、こういうことを考えなくても、自然と「守ってくれるし、守りたいと思える」人と邂逅して、結婚しているのだろう。



2023/01/06


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