どうして俺はお前を…好きになってしまったんだ。

「お前なんか嫌いだ」

放課後の静かな教室に放った言葉は余りにも脆くて静かに消えていった。
その言葉は相手にちゃんと届いただろうか…

「……」

「キライだよ」

何も言わない相手にやっぱり聞こえなかったんだと思って俺はもう一度口を開き、相手が一番言われたくない言葉を敢えてぶつけた。
それでも何も言わない相手になんだか無性にイライラしてきた。

「聞こえてんだろ?お前に言ってんだよ。椿」

今度は誰に話しかけているか分かるように名前も言った。
大体この教室には俺と椿しか居ないんだ、俺が誰に話しかけてるかなんて椿本人にだって分かってるだろうに。それでも椿は目を大きく見開いたまま動かない。

「話はそれだけだよ。じゃあ、俺もう帰るわ」

「ふじさっ…」

帰ろうと椿の横をすり抜ければ椿がはっと我に戻って俺の腕を掴む。無意識に強くなる手で掴まれた腕がぎりぎりとして痛い。掴んだまままた、黙ってしまった椿にどんどん苛立ちが積もるばかりだ。なんで、何にも言わないんだ…

「腕、痛いんだけど。用が無いなら離せよ」

「……」

するりと、いとも簡単に離れた腕がホントは恋しくて仕方がなかった。俺は我儘だ。椿の気持ちも自分の気持ちも知っているのに、自分が傷つくのが怖くて、椿から離れようとした。なのにホントは止めて欲しくて、お前を好きでいていいって言って欲しくて…椿、このままだと俺らホントにこのまま終わるぞ?もう自分の気持ちに気付いた以上兄弟としてなんてやっていけない。今までのように仲の悪いただの同級生としてもやっていける自信がない。

「好き」

開放された腕はまたすぐに椿によって捕らわれ、気付けば椿の腕の中で椿によって抱き締められていた。そしてぼそりと小さい声で囁かれた言葉を椿の腕の中で俺はしっかり聞いた。

「好きなんだ、藤崎。好きだ…」

震えた声で何度も何度も紡いでくれた言葉が俺の中にストンと落ちてきて、胸の中がじわっと熱くなった。

「つ、ばき」

「はぁ。なぜ君が泣くんだ。泣きたいのはこっちだぞ」

溜め息を吐きながらより強く俺を抱きしめる。より密着された体に余計に胸が熱くなる。不意に溢れ出した涙が止まらなくて、俺も椿に縋り付いた。これ以上にないぐらいに密着した体からは椿の心臓の音と、俺の煩いくらいの心臓の音だけが良く聞こえた。

「ごめ、おれ…」

「もういい。ボクが君を好きなだけだ。きみが…」

「すき」

椿が何を言おうとしていたなんて分かってる。だから俺は椿の言葉を遮るようにして自分のホントの気持ちを椿に向けて放った。
ずっと、ずっと言いたかった言葉。やっと伝えられた言葉。椿はくすっと笑って俺の顎に手を伸ばしくいっと俺の顔を上に向けさせた。もう本当のことを言おう。そう思った。

「ごめん、椿。俺自分の気持ちに嘘ついてまで、お前を傷付けた。本当はお前が好きだ。大好きだ。でも、そんなの赦されない事だって分かってるから、お前と仲良し兄弟なんて演じてたらきっと今よりも苦しくなると思ったから、だから、それだったらって…」

自分から離れようって思ったのに。いざそうしようとすれば、心がずきり、と痛んで苦しくなった。本当の気持ちを言った今。どこか気持ちが和らいだ気がする。そして、椿は俺を宥めるように腰をぐいっと引き寄せ優しく撫でた。

「もういい。藤崎、もう分かったから。ボクも同じだったから。でも、君を手放すくらいだったら僕は過ちを犯す。君と共にあれるならそれでいい」

椿は強い。俺は怖かった。俺たちは血の繋がった兄弟だし、男同士だし。祝福されることなんてひとつもない。なのに椿はそれでも俺を選んでくれた。逃げ道を選んだ自分を殺したくなる。

「オレらが双子じゃなければよかったのに…」

椿の胸に顔を埋めてぼそりと呟けばバシッと椿に頭を叩かれた。

「いてぇな。何すんだよ」

「愚か者!!ボクらが兄弟でなかったら、ボクらは出逢ってなかったかもしれないだろう?ボクは君との唯一の繋がりを大切にしたいんだ」

泣きそうな顔で顔を近づけさせる椿のしたい行為は分かってた。だから俺は椿を受け入れようと決めた。そうだな。俺らには他の誰にもない俺らだけの繋がりがある。椿はそれが何よりも大事なんだ。俺はそれが怖かったのに。ちゅっと小さなリップ音が静かな教室に響き渡る。

「椿、好きだ」

「ボクも好きだ藤崎」

―――いつか、俺らが双子で良かったって思える日がきますように