「…綺麗ね」


これでも歌人を名乗ろうというのに、他に良い言い回しが思いつかなかった。満ち切らない十三夜の月は秋の夜空にくっきりと浮かび、鋭利な光で私たちを照らしていた。ああ、綺麗。その一言だけが、心に染み渡る。


「だな」
「左之助さんは、月よりお酒、でしょう?」
「馬鹿言うな。俺だって月見酒くらいはするさ」


そう言って、隣に腰掛けた彼は猪口を口に運んだ。
波波と注がれた酒の上に漂っていた月は揺らぎ、消えていった。月を飲み込んだ彼は、さらに酒を注いでいた。


「そのくらい私がやりますのに」
「公家の娘に酌なんかさせちまっていいのかよ」
「私がやりたいんだから良いのです」
「じゃあお願いするわ」


一瞬でまた空になった猪口に、私は酒を注いだ。
こんな風に穏やかな時を過ごしていると忘れがちになるけれど、左之助さんはあの有名な…人斬り集団と名高い、新選組の原田左之助さんなのだ。きっと昼間は、私の想像の及ばないような生活を送っているのに違いないのに、何故か夜は徳利片手に私の庵を訪れる。父が用意したここは一人で過ごすには少し物寂しくて、話し相手がいるととても安心する。だけど時々、胸が苦しくなった。


「…浮かねぇ顔だな」
「そう、でしょうか」
「こんなに月が明るいんだ、見間違えるはずねぇだろ?」
「月があんまり綺麗だから、何もかも霞んで見えるかもしれませんよ」
「見間違えるかよ。…少なくとも、お前の顔だけはな」
「お上手ですね」


軽口のつもりで、ふふ、と笑う。本当は、笑ってなどいられないのに。嬉しいと赤面する気持ちを誤魔化した。けれどこの人は敏い人だから、きっと私の気持ちも気づいているに違いない。二つに一つくらいには。


「口達者なのはどっちだよ」
「そうですか?」
「お前に指導してもらったら土方さんも俳句上達するんだろうな」
「土方さん…副長さんですか?あの方も俳句を?」
「ありゃ、下手の横好きってやつだけどな」
「まぁ、失礼ですよ」
「土方さんには内緒な」


口元に指を当てて年甲斐なく子供のように笑う姿は、いつもの貴方からは想像しがたい姿で、それがまた、心をくすぐる。貴方は知っているのか知らないのか、私は知らないのだけれど。でも掻き立てられるのが私だけでないことは、想像に易い。


「そういうところに女は弱いのですよ。左之助さん、女性にモテるでしょう」
「…そこそこ、な。つったって、お前の方がモテるだろうが」
「そんなことありませんよ。だってほら、こんなところで一人暮らしですよ」
「こんないい女、放っておく奴の気がしれねぇや」


いつの間にか、月は天高くまで上っていた。


「そろそろ帰らなくてよろしいんです?」
「ん?もうそんな時間か」
「月ばっかり見ていると、時間を忘れてしまいますから」
「月だけじゃねぇけどな。でもそろそろ土方さんの雷が落ちそうだ」
「…屯所までお送りしましょうか?」
「なぁに言ってんだよ。女に送らせる男がいるか」
「じゃあ、門のところまで」


彼とのたわいもないやり取りさえも愛おしい。そう、彼の後を歩きながら思う。その大きな背中に差す月光をこの手に収めてみたいものだと。


「ちゃんと用心しろよ、姫」
「大丈夫ですよ。こんな何も無いところ、盗人の一人も来やしません」
「そうは言ってもな。綺麗な花が咲いてたら摘みに来たくもなるだろ?」
「また、そんな」


じゃあな、と笑って左之助さんは帰っていく。小さくなっていく背中。また、来てくださるのだろうか、なんて。世を捨てた私がそんなことを考えるなんて烏滸がましいのに、どうしてかいつも頭を過ぎる。馬鹿だな、と笑っているのは私か、月か。しみじみと私たちを包む光を見上げて問いかけた。




――――
某時代劇の影響を色濃く反映してる。反省。

(13/09/18)
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