ひゅう、と喉の奥で風を切る。

言葉が形を失って、もう半年になる。最初の頃は、なんとか取り戻そうと藻掻いたけれど、掴もうとすればするほど、声は虚空へと散っていったから、今となってはもう愛着すら感じ始めた無音の声だった。肺はただ生きるために上下している。しばらくは筆をとって意志疎通が出来たけれど、ここ数日はそれすらままならなかった。医者は、十の昔に匙を投げた。いわゆる不治の病というやつだった。きっとこれが死期なのだろう。当然のようにそう思った。抗おうとは思わなかった。あまりにも自然に死と寄り添っていて、自分に相応しいようにも思えたから。それまで自分を作り上げていた粒が、霞のように雲散霧消していく様子が脳裏に浮かんだ。己が緩やかに崩壊していくようだった。その穏やかさゆえ、なぜか恐怖は感じなかった。



「…今日は調子が良いのだな」



一の声がする。

伝染るから来ないでと言ったのに、一はほぼ毎日見舞いに来た。忙しい彼にとってはかなりの負担だろう。だけど、私は病人という身分に甘えることにしている。



「今日はそこで美味そうな干し柿を売っていた」



ほら、と一つ差し出して見せる。確かに、大粒で色のよい干し柿だった。ただその仕草が面白くて、私は笑みを零す。



「む。なにゆえ笑う」



何でもない。視線でそう訴える。

言葉にしなくたって、この人にはたいていのことが伝わる。それは、声が存在していた頃からそうだった。偽りに染まりうる言葉よりも、この方がよっぽど正直だ。何事にも真っ直ぐな、一らしい。



「…今日は冷えるから、あんたも用心した方が良い」



そう、忠告してくれるのはありがたいのだけれど。
お日様が、思いがけず暖かいのだ。真綿に包まれているようで、ぽかぽかする。身体が軽くなっていくようで気持ちがいい。このままうたた寝したら、…さすがに風邪を引いてしまうかしら。

嗚呼、何もかも幸せだ。一に会えて、今もこうして手を握ってもらったりして。少し指が冷たいね。でも、細くて女の人のようなのにけれど男らしさも兼ねる一の手が私は好き。瞳と瞳だけの会話も、静かな一時も。傍にいるだけで、胸いっぱいに、込み上げてくる喜び。全部全部閉じ込めてしまいたいのに、欲張りな私の手のひらからはさらさらと溢れていってしまうのだ。


「なにゆえ泣くのだ、」







──私は、幸せでした。



─────

ほんのり死ねた。
気付いたら名前変換なくなってました…。
(13/01/29)

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