ずっと友達で居ようね。
 どちらから言い出した分からない、そんな遠い記憶に縁取られた言葉に、僕らは盲目的に従っていた。兄弟子達に痛め付けられても、雑用を言い付けられても、大人の目を盗んで彼女と遊ぶのが、楽しかった。その楽しさが、また僕らを従順にさせた。近藤さんにさえも、僕はこの事を言わなかった。誰にも見つからないように抜けだして、言い付けの時間にはきちんと戻って。大人は誰も僕を咎めたりはしなかった。誰にも気づかれていないのだと僕は思っていた。もしかしたら、近藤さんは気付いていたのかもしれない。言われた事だけはきちんと全部こなしていたから、それに免じて黙っていてくれただけかもしれない。けれどあの頃の僕にそんな知恵はまだ働いていなくて、上手く騙し通せていると信じていた。
 僕らの遊びは、二人だけの秘密だった。鬼ごっこに隠れんぼ、飯事遊び。どれも子供じみていて他愛ないものだけど、一人では決して得ることの出来なかった至福のひとときだった。大人には内緒の密会。その背徳感がまた僕らを掻き立て愉快にさせたのだ。

「あ、そうちゃん!」
「姫ちゃん…こんなとこまで出てきて大丈夫?」
「へーきへーき!ね、それよりこれいっしょに食べよ?」
「わぁ…お饅頭?」
「そう!姐さまにもらったの」

 嬉しそうに言う姫は饅頭を半分に割ってこちらに差し出す。それを受け取り、ちょうどいい切り株に腰掛けて並んで食べた。彼女は甘い物が好きと言っていた。だからこうしてよく二人で分け合った。だから、僕も甘い物は好きになった。

「へぇ、ひょうはひゃにひゃあっひゃの?」
「全部飲み込んでから話しなよ。……分かったけど」
「ん、……そうちゃんに伝わればそれで十分だよ?」
「そういう問題じゃない」

 今日はね。と、それでも僕は取り留めない日々の出来事について語る。
 僕らの日常は、それぞれに不条理な程にのしかかっていて、ちっぽけな僕らの力じゃどうにもならない気がしていた。出口のないままずっと続くのだと、諦観していた。だから当然、こんな危うい関係でさえ、永遠にこのままだと信じていた。永遠なんて存在しないのは分かっていた。でも、終わりを信じたくはなかった。たった一人の友達との、ほんの一時の憩いの場が、お互いの拠り所で。
 多分それは彼女も同じだったと思う。何しろ彼女は、身に負った宿命のせいで生き方さえも決められていたから。

「……? そうちゃんどうしたの?」
「なんでもないよ」

 まるで見えているかのように振る舞っているけれど、その実、姫にはこの世の何もかも、僕の顔さえも、見えていない。
 彼女は生まれつき目の見えない子だった。だから一生を瞽女屋敷で過ごすと言う。あそこはそういう目の見えない女の人が集まって住んでいるのだと彼女は言っていた。弱い人たちだから、山の奥にひっそりと暮らしているのだと。だから彼女らにとって屋敷を出ることは死を意味するらしい。よく分からないけど、そういうものなんだと。彼女も理解していないようだった。本当はこうして遊びに来るのもよろしくないらしいけど、それはおあいこだねって笑ったっけ。




「そうちゃん私ね、明日から三味線のお稽古がはじまるらしいの」

 だからしばらく此処には来られない。姫はそう言った。ふぅん、そう、なんて返したけど、その実僕の心は色褪せていくようだった。憤りを感じたこともあった。一人だけ取り残されたようでモヤモヤした。けどすぐに僕は剣の稽古に明け暮れるようになって、段々本当に、あの頃の記憶は色が失われていった。近藤さんの道場には色んな人がやってきて、住み着いて、そこにはあの頃の冷めた目をした僕は居なかった。

 そんな頃だった。
 彼女が、流行り病で死んでしまったと風の噂で聞いたのは。

 聞いた途端、僕は思い出の道へと駆け出した。徐々に戻ってくる景色が、今見てる情景と重なる。その中に、彼女は居ない。ずっと忘れていた存在だけど、戸惑うことなく浮かんできた。永遠に続くと信じていた関係だけど、あっけなく途切れてしまった。さよなら、またね、って、あの日言ったのが最後だった。今の僕を支配するのはかけがえのない友を失った、そんな喪失感。

「…………」



 違う、そうじゃない。



「………姫、」



 この感情が恋だと知った時には、全て遅すぎたんだ。

fin.(14/12/02)
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