初夏の頃ともなれば、肌寒さも消え、むしろ動けばしっとりと汗ばむ季節である。日陰のひんやりとした涼しさと、日向の包まれるような温もりと、いずれも捨てがたく恋しい。生い茂る青草の中に寝転んでは、沖田は影の境界でごろりと寝返りを打った。
大の大人が動かずにいる中で、子供は元気よく前進している。

「この子も随分大きくなったね」
「えぇ」

感心したような男の声に、傍らに立つ女は――母親は、嬉しそうに目を細めて我が子の勇姿を眺めた。まだ立つことも出来ず、這うことしか出来ないその背中は小さい。けれど彼女はしっかりと何処かに向かって進んでいた。

「誰かに似たみたいで、好奇心が旺盛で」
「それは君のこと?」
「そう見えます?」

ふふ、と女は笑みを零す。会話の内容を知ってか知らずか、赤子はちらりと両親を振り返った。光に反射した瞳が翡翠色に輝いている。

「ほら、あの目なんて総司さんにそっくり」
「そうかな」
「並んで見ます?」
「いいよ。君が似てるって言うなら、きっと似てるんだから」

飛ぶ虫に興味を持ったのか、空に手を伸ばす赤子を見て、沖田はしみじみと言う。

「僕の子、かぁ……」


新選組を離れ、山奥で静養しているとは言え、変若水と病が消えたわけではない。ましてやそれらが奪い取ったものが戻ってくるわけでもないのだ。彼の身体は確実にその命を削って生きている。
彼女との暮らしは終わりを先延ばしているに過ぎなかった。それは彼女も理解していた。そんな中、授かった命。
幸福と、期待と、不安と、押し込められた恐怖と。複雑に絡み合った二人の心に抱かれて赤子は育てられている。勝手な気持ちだと分かっているからこそ、両親の愛情を一身に受けて。

「あの子は紛れもなく、総司さんの子です」
「……そうだね。今でもまだ、夢の中に居るんじゃないかって思うこともあるけど。あの子は確かに生まれてきて、これから生きていくんだよね」

残された時間がどれほどあるのか、それは彼自身にも分からなくなっていた。一月か、一年か、はたまた明日には終わりが訪れるのか。”その時”まで知ることは無い。
彼の居ない時間を、二人は生きていくことになるのだろう。


「あの子の中に僕が受け継がれてるなら、君は僕を忘れないでいてくれるかな」
「私は何があっても総司さんを忘れることはないでしょう。……でも、あの子が総司さんを忘れてしまっては困ります」

沖田は隣に佇む女を見上げた。彼女は振り返らないまま。その目には我が子を映して。

「だからあの子が立って、自分の手で触れて、この人が父様だって分かるまで、……生きていてくださらないと」

彼女は母親になって、泣くことを止めた。だから笑って言う。死ぬな、ではなく、生きて、と。
沖田は再び、幼子の方を見た。いつの間にやら、亀のようにひっくり返ってばたばたと手足を揺らしている。地面が柔らかくて起き上がれないようだ。
立ち上がって、彼女の傍へ。ずしりと重みのある、その柔らかな身体を抱き上げる。母親と同じように笑う顔が目の前にある。



「まだ当分、僕は死ねないや」



――――

娘さん誕生日おめでとう!
(14/05/23)
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