「土方さん。お茶、入りましたよ」
「あぁ。そこに置いておいてくれ」


土方さんはこちらを振り返ることなく、縁側から外を眺めたまま。もう慣れっこだから、文机の上にまだ湯気の残る湯のみを置く。
最近、土方さんはこうしてぼんやりと空を眺めることが増えた。俳句ですか?なんて冗談めかして尋ねて見たけど、土方さんは優しく笑うだけで何も言わなかった。……いつもの”副長”の土方さんなら、照れ隠しに怒ったり、拗ねたりしそうなのに。土方さんが笑って居られるのは、とても幸せだ。ようやく肩の荷をおろせたのだと、少しは私が肩代わり出来ているのだと実感出来る。

けれど同時に、切なくなる。
触れた瞬間、泡のように消えてしまうんじゃないかって、この幸福に包まれた時間全てが儚い夢だったんじゃないかって、思ってしまう。その度にきつく拳を握り締めて、白くなった手のひらとじんわりと痺れる痛みで現実だと安心出来た。

……安心しようと、した。




「……綺麗な空ですね」

どうしても声をかけずに居られなかった。土方さんがゆっくりと振り返る。

「どうした。んな辛気臭ぇ顔しやがって」
「いえ、その……」

自分でも、この気持ちを何と言っていいのやら。口ごもりながら必死に考える。

「こんな風にお天気が良いのは嬉しいんですけど……綺麗なものは、怖いんです」
「……怖い?」
「今が一番綺麗だから、いつか壊れてしまうようで」

永遠の美。古来より多くの人が求めて、手に入らなかったもの。そんなものを願うなんて我ながら私も業が深いと思う。

「空は壊れたりしねぇよ。いつまでも空は空だ。生きてる限り、また見られるさ」
「そう、ですね……」

綺麗なものを見られるのは、生きている人の特権。死んでしまった人に見せることは出来ない。
きっと土方さんは、仲間を思い出してるんだろう。一緒に歩んだ人達を。口には出さないけど、自分だけがこうして生きていることを、土方さんは誰よりも悔やんでる。本当は函館で死ぬはずだったんだと、一度寝言で呟いているのを聞いてしまった。

死ぬのは、怖い。
けれど同じくらい、大切な人を苦しめるのは辛い。


「土方さん、私どこまでも付いて行きますから。生きる時も……死ぬ時も、一緒ですから」
「……誰がてめぇの好いた女を道連れにしたいと思うかよ」
「…………」
「俺は、人より命を使いすぎた。そんな俺に、お前が合わせる必要なんざねぇよ」

死ぬのは、怖い。苦しむ姿も見たくない。
けれど、土方さんの居ないこの世を、想像することも出来なくて。





時間というものは残酷だ。欲しい人の元からは水のようにするりと零れ落ちていき、断ち切りたい者の上には重石のようにのしかかる。流れる時は時に速く、時に亀の歩みのように遅い。まるで止まってしまったかのようにのろのろと、日は昇り沈む。味気ないままに春と夏と秋と冬とを単調に繰り返す。何度目か数えるのも止めた。数えるだけで楔にはりつけられたような気分になる。

けれど時間というものは確実に、命の首を刈り取りにやってくる。土方さんもこんな気分だったんだろうか。重たくも晴れやかな五月晴れを見上げて思う。


あぁ、きれいな空だ。


生きている者の特権。死にゆくものへの後ろめたさ。静と動を織り交ぜた、祈りにも似た感覚を。感じることが出来たから、きっと私はまた、彼に会うことが出来るんだろう。




――――

(14/05/11)
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