労咳は変若水じゃ治らない。分かっていたことだけど、最近ではあの頃のような、思い通りに身体を動かせる状態ではなかった。薬の力があっても、鉛のように全身が重たく、時折襲う咳の発作が体力を奪っていく。咳の度に手にこびり付く血の赤が、心までも暗く奈落の底に突き落とされていくようだ。
それでも僕は、近藤さんの剣でありたい。それがたった一つ、僕が、近藤さんにしてあげられることだから。立派な考えなんてなんて出来ないし、無くたっていい。僕には、近藤さんの役に立つっていう意志があるから。

「あなたはその身体で……そんなボロボロの身体でも、まだ前に進むと言うんですか?」

引き留めようとする彼女の言葉も最もだ。今にも泣きそうな顔で、震えてる声で、真一文字に噛み締めた唇で。そんな彼女を抱きしめたい、この腕の中に抱き寄せて、泣かないでって、涙を拭ってあげたい。誘惑に駆られる、けれど。
僕にはまだ、やり残したことがある。

「それでも僕は、行かなくちゃ。あの人の所へ。どうして近藤さんを犠牲にして逃げたのか、問いたださないといけない、から」

流山での事の顛末は、よく知らない。僕が知っているのは、近藤さんが捕まって、土方さんが逃げ延びたってこと。そして、捕まった近藤さんを、土方さんが助け出さなかったってこと。近藤さんは板橋の刑場で斬首された。一体近藤さんはどんな気持ちだったんだろう。僕も、土方さんも、誰も、近藤さんを救うことが出来なかった。僕が居れば、僕が労咳じゃなかったら、きっとこんな風にはなっていなかった。僕が土方さんだったら、真っ先に近藤さんを逃していた。土方さんだってそうするはずだって、思ってたのに。新選組にはあの人が必要だから。
近藤さんの気持ちが分からないことが、僕には一番辛かった。でもいつだって僕の知らない近藤さんを土方さんは知っているんだ。土方さんには分かることが僕には分からないのが悔しくて、悲しかった。
今回も、土方さんは近藤さんの気持ちを知ってたんだろうか。知っていて一人置いてけぼりにしたんだろうか。知っいて助けなかったんだろうか。知っているから、会津に行ったんだろうか。何度も何度も考えた。けれど僕は、僕には、人を斬ることしか出来ない。僕は土方さんに会わないときっと何も理解できないし、心の整理が出来ないんだ。

「きっと私がいくら止めても、沖田さんの気持ちは変わらないんでしょうね」

それでも君は、最後に笑ってくれた。

「いってらっしゃい。――どうか、ご武運を」







遠くなる背中。曲がりくねりながらも、遥か先までずっと続く道を、歩んでいく彼を見送った。それから幾度目かの桜の季節。年輪を重ねた巨木に、今年も満開の桜が宿った。はらはらと、うららかな春の日の中を花びらが舞っていく。数年前には考えられなかった穏やかな時間。砲薬と土煙に濁る空は、もう何処にもない。ただ静かに、午後の日差しが柔らかく辺りを包み込む。その中に一人、女が佇んでいた。澄み切った淡い色の空を見上げて、胸に一振りの刀を抱いて。

「思い出なんかじゃ、ありませんよね」

刀に視線を落として、女は小さく呟いた。酷く刃こぼれした刀は、激しい生き様を表している。
彼の歩んだ道の先を、女は知っていた。旧幕府軍と薩長との戦いは既に終結していた。遠く蝦夷の地まで及んだ激戦の様は、近頃ようやく詳しく耳に届いてくる。ちらほらと聞こえる懐かしい名前に、彼らの足跡を感じた。中には心ない噂も交じるが、彼らは己の志を信じて歩んでいった、それだけ知っていれば十分だった。

刀をぎゅっと抱き締める。
きっとこれからも、静かに時間は過ぎていく。人の記憶は移りゆく。それでも、彼らが駆け抜けていった事実に変わりはない。

「私が生きて、こうして地に立って目を開けて、全てを感じている間は、あなたはここに生きているんだから」




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士魂蒼穹公開記念。
(14/03/09)
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