雪が降った。普段、滅多に雪なんて降らないし、降ったとしてもうっすらと積もる程度なのに、今回の雪は一昼夜吹雪いたせいであちこちに大雪原が出来ていた。申し訳程度に人が一人歩けるだけ雪が退けられた道を、わざと雪のあるところを踏みしめながら歩く。きしきしと、スノーブーツの足裏で冬の音が鳴る。白い白い絨毯に、私の足あとを刻んでいた。

「楽しそうだね、姫」
「楽しいよ。雪がこんなに積もるなんて珍しい」

隣の総司は、アスファルトの見えるところを歩きながら、子供みたいに一歩一歩進む私を振り返る。呆れているのだろうか。総司の言葉は半分は悪戯心で出来ているから、中々読めない。

「子供っぽいって思ってるでしょ」

だから先手を打って聞いてみる。「思ってるよ」なんて素直に返事があった。正直に答えたところに半ば驚き、後はやり場のない憤りが生まれる。総司に子供っぽいって言われるなんて、失敬な。総司の方がずっと子供っぽい。今だって、この雪を使って土方さんに一発当ててやろうって画策してるはずなのに。なんだか余裕ぶって言われると、それはそれで腹が立つ。始まる前から勝負が決まっているような、そんな感じ。

すっきりしない。


「ちょっと寄り道していい?」


駐車場……だったと思しき場所。確かにそこは駐車場で、月極とでかでか書かれた看板が立っているけども、運良く車が一台も止まっていなかったその場所は、雪が降るままに積もり、一際そびえ立っていた。周りと一段異なる厚みの雪だ。そんなところ、こんな朝早くから立ち入る物好きなんて居ないようだ。まさに未踏の地。

そんな、真っ白な雪の土に、足を踏み入れたくなる。
何物にも汚されず存在していた雪に、足跡を、付ける。土と混ざって少し濁った茶色の雪が残る。白ではない。踏み入ることによって、私がその完全な白を貶めていく。優越感と、罪悪感が入り交じる瞬間。何も失ってはいないのに、この虚無感は一体何なんだろう。まるで自分のことのように悲しくなる。方や王様気分で、白い地面を蹂躙して周っているというのに。大きな矛盾が、一歩また一歩と私を駆り立てた。

さくさくと、無心のままに私の足音だけが響いていた。気付いたら無数の自分の足跡の中に、ぽつりと1人立ち尽くしていた。総司の立っている駐車場の入口が、やけに遠く感じた。

「総司はやらないの?」
「だってそこはもう千菜の場所でしょ。足の踏み場がないよ」
「……そうだね」

見渡せば、綺麗だった雪は見る影もなく。

「満足した?」

五分前より三割増しくらいで雪まみれの私が駐車場から出てくると、私の奇行なんて全く意に介さないと言わんばかりに、何事もなかったのかのように総司は聞いてきた。私も自分の心に問いかける。でも。

「やっぱり、すっきりしない」
「だろうね」
「何それ」

何でもお見通しだよ言いたそうな口ぶりに、私は唇を尖らせた。面白くない。今日は最初からずっと総司に主導権を握られっぱなしで。いつものことだけどこの時ばかりは納得いかなくて。雪まみれのブーツでアスファルトを蹴った。

「だって僕もそうだから」
ぴしゃん、と雪解け水が跳ねる音と同時に、総司は呟いた。何が?と私は首を傾げる。
「姫だって分かったでしょ、綺麗な物って手に入れたくなるけど、手に入れた瞬間俗物に変わったみたいで怖くなる。急に突き放したくなる。しかもそれが自分のせいだって思いたくなくて、余計にぐしゃぐしゃにしちゃう」
「……」
「僕だって、好きな子を独り占めしたい。僕だけのものにしたい。でもそうしたら、今見てるものが変わっちゃうんじゃないかって思うと怖いんだ。今感じてるこの気持ちが壊れてしまうんじゃないかって思うと、何も出来ないんだよ」

切なそうに目を細める総司を横目に、私は息を飲んだ。
好きな子――そんな言葉が、総司の、幼馴染の口から出るなんて。さっき感じた距離感はこれだったのかと、知りたくなかった正解にたどり着いて喜びと悲しみが同時にやってきた。いつの間にか、総司だけが大人になっていく。
そりゃあ、もう高校生だし、恋の一つくらいするだろうし。それが当然だし、中学の時は私も総司もお互い彼氏や彼女が居たりした。でも総司の場合、告白されて付き合うとかそんな感じで、あんまり自分から好きだって感情持ってるようには見えなかった。……私も、そうだった、から。本当の恋を知るのはずっと先だって、まだ子供だから二人とも知らないんだって、思ってた。のに。

総司の好きな子って誰だろう。やっぱり千鶴ちゃん、かな。剣道部のマネージャー。健気で明るい、大和撫子みたいな子。私が男子だったら絶対好きになりそうだと、初めて会った時に直感した。
考えれば考えるほど、息苦しくて。自分がとても矮小な存在に思えて、そんな風にしか考えられない自分が嫌で、全身掻きむしりたくなる。
だからせめて、ちょっとくらい大人になろう。

「……そういうのって、やっぱり踏み出した方がいいんじゃない?相手の子だってさ、ずっと総司の気持ちに気づかないかもしれないし。それに見てるだけじゃ、辛いでしょ。そうやって黙ってる間に、相手の子に彼氏でも出来ちゃったら嫌じゃん」
「……。そうだね」

沈黙の間に、泥だらけの雪を踏む音が響く。重たい。足取りも重い。




「姫、僕、君のことが好きだよ」




唐突過ぎる告白に、足が止まった。総司が振り返る。どうしていつもの顔なの。今の、何。疑問符がどんどん頭の中に沸いてくる。

「姫が言ったんだよ、踏み出せばいいって」
「そう、だけど、だって」
「……ねぇ、まさか僕が君のこと好きだって全然気付いてなかったの?」
「……うん」

はぁ、と総司は溜息を吐いた。

「じゃあ姫は僕のことどう思ってるの?」

どう、思うか。私は今まで総司を異性として意識して来なかった……?ない、とも言い切れなくて。だって総司は大事な人で、だからいつも傍に居たわけで。総司が遠くに行ったら嫌なのって、本当はどういう意味だったんだろう。改めて問い直す。私は、私は総司をどう思ってるんだろう。

「好きか嫌いかって言えば、好きだよ」
「じゃあ決まりだね」

にやりと笑う総司を見て、頬が熱くなる。
ああ、これが恋なんだ。




――――

書き始めた時は、大雪の後でした(遅)

(14/03/04)
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