僕の旦那様!
「やまだましゅみ5さいです」
そう言ってもみじのような手のひらを広げる男の子はりんごの様に頬を赤くしながらぺこりとお辞儀している。ーーなんだこの生き物、すげぇ可愛い。
「兄貴の奥さんが体調崩したらしくってさ、今晩だけ預かってくれないかって頼まれたんだ」
ごめんねと困った顔をする相方に気にするなよと返しながら、口ったらずの幼児をそうっと抱きかかえてみる。脇の下に手を滑り込ませれば、子ども特有のその体温の高さにドキッと驚かされた。これが俗に言う"子ども体温"というやつか、と一人感心する。
「真澄は真由子さんの教育が良いから五歳児にしてはしっかりしてていい子なんだけどね」
そう言って伸ばされた相方の手が真澄の髪の毛をくしゃりとかき混ぜる。くすぐったそうに目を細める真澄はとても嬉しそうで、その光景に此方も思わず頬が緩んでしまう。
「いいんじゃない?今夜は賑やかになるなあ」
そう言って真澄を抱きかかえれば大人しい彼はにこーっと恥ずかしそうにはにかんでいるものだから、その顔をもっと破顔させたくておりゃあーっと高く真澄を抱え上げた。
なあ、真澄ぃと高い高いする相方ーー省悟に弥生は内心ホッと安堵していた。結婚する前は子どもは苦手だなんて言っていたから心配していたというのに、なんだこの真澄に対するでっれでれな態度は。
だらしなく口もとを緩める省悟に呆れつつもくすりと笑わずにはいられない。何も知らない人が見れば、二人はもうどこからどうみても立派な親子だ。
そこで弥生はふと昔のことを思い出していた。
結婚しようかと最初に持ちかけたのは弥生の方だった。省悟も弥生も長男ではなかったため家を継ぐなんてこともないだろうし、これからも一緒に居るつもりなのだからこの際ちゃんとお互い結婚して"ふうふ"という間柄になりたいと弥生はその頃常々思っていた。勿論現在の日本で同棲結婚が認められていないのは承知の上でだ。それでも弥生はお互いの存在を恋人からパートナーにランクアップさせたかった。ーー少なくとも、弥生にとってこの意識の変化は重要なことだと思っていた。男同士、いつまでもこのままでいるためにもより強固な結び付きが欲しい。弥生なりに精一杯考えた末の結論だった。勿論不安がなかったわけじゃない。恋人ならまだしも、パートナーだなんて気が重たいとでも思われればお終いだ。
しかし省悟は二つ返事でいいんじゃないのとこの申し出を受け入れた。あんなに俺は一人悶々と考えていたというのに、なんなんだこの軽さは。というか、コイツちゃんと分かっているのか。そんな風には思わずにいられなくて、自分で申し込んだはずなのに弥生はもう一度よく考えてみろと省悟に詰め寄ったのを今でも時々思い出す。
そんなこともあったな。
あの時、省悟は「弥生とずっと一緒なのはこの先変わらないんだから弥生が結婚したいならそれを叶えてやりたいよ」とまで言ってくれた。もちろんそれは簡単なことではないけれど、そんな風に思ってくれたことが弥生にとって何よりも嬉しかった。
「おーい、真澄は風呂と飯はまだなんだろ?」
愛しい声が意識を此方に呼び戻す。左手の薬指にはキラリと輝くシルバーが。何時の間にか真澄を肩車していた省悟はにっこにこに表情を緩めながら腹減ったなあ真澄ぃ〜なんて言っているのだから微笑ましいを通り越して思わず呆れてしまう。俺にも同じ態度でなんて絶対言わないけれど。ーーそれでも甥っ子と仲良くしてくれている省悟に心の奥がじんわりとあたたかいもので満たされていくのがしっかりと感じ取れて弥生は嬉しかった。
「よし、今日はハンバーグにするかな。省悟は真澄お風呂にいれてきてくれる?」
「おう、ーーよぉ〜し、真澄お風呂だぞー?ほれ、すっぽんぽーん」
きゃーっとはしゃぐ真澄とそれを心底楽しんでいる省悟に、弥生は今度こそ呆れのため息をついたのだった。
風呂から上がった真澄を着替えさせ、頭を乾かし夕食をとる。真澄向きにと思考を凝らし、ハンバーグとその脇に星型にくり抜いた人参のグラッセを添えれば省悟の方が子どものように喜んでいた。その後歯を磨き、三人で一つのベッドに潜り込む。真澄を真ん中にして、いわゆる川の字で入ったベッドはいつもより狭いのに何故か居心地が良かった。ベッドから落ちないようにとぎゅっと寄り添う。
「……子ども苦手とか、嘘だったね」
知らない環境で疲れていたのか、真澄はすっかり夢の中だ。熱をまとったあたたかい真澄の頭に頬を寄せると省悟の腕が下からぐっと伸びてくる。その腕がそっと弥生の頭を抱えた。
「だってお前、気にするだろ?」
「……否定はしないけどさ」
自分の性格上、気にしないといえば嘘になる。省悟はそれを分かった上で優しい嘘をついてくれていた。ーーそうさせてしまったのが歯がゆいと思ってしまうのも、きっと省悟を困らせる自分の悪い所なんだろうな。
「まーた変な風に考えてんだろ」
コツンと優しい仕草で小突かれる。ふと視線を上げれば優しく目を細めた省悟が此方を見つめている。それは今にもまぶたが落ちそうな、とろけるほど優しい眼差し。
「俺はさ、お前がいればいいんだ」
「……」
「他の何が無くても、お前が元気でさ、笑ってりゃあさ、それでいいって心から思ってんだ」
だからさ、難しく考えなくていいんだぞ。
そう言ってくしゃりと髪をかき混ぜられれば、眠気のせいか何のせいか、うっすらと瞳に膜が張る。
「俺、子ども産めないよ」
「うん、でもほら、真澄がいるよ」
「なにそれ……ははっ、確かに今日省悟本当にパパみたいだった」
「それ言うならお前だってそうだろ?」
くしゃり、くしゃりと彼の節くれた男らしい指が弥生の髪を撫でる度に思わず目頭が熱くなる。
「またハンバーグ作ってな」
「ぷっ、うん」
「星の人参もな」
「うん」
「弥生」
「うん?」
熱い手のひらがそっと弥生の頬を撫でる。大きくてゴツゴツした、あったかい手。その手に似たような自分の手をそっと重ねる。心地いい微睡みの中、そのあたたかさと優しい眼差しが弥生の中に根付く拭いきれない不安を優しく包み込む。
「弥生、お前と一緒になれて良かった」
省悟の言葉が、じんわりと胸に染みこんでゆく。いつも自分に自信が持てなかった。こんなに優しくて素敵な人の隣を男の自分が独占していいのかとも思った。ーーだけど省悟はそんなぐずぐずな自分に優しく寄り添ってくれる。こんな自分が良いと言ってくれる。
それは、なんて幸せなことなんだろう。
「幸せだ」
どちらからともなく零れた優しい呟きに満たされる。
俺は今、きっとどこの誰にも負けない素敵な旦那様の隣にいる。
僕の旦那様!
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この度は企画サイト"僕の奥さん"の"良いふうふの日"という素敵企画に参加させていただきどうもありがとうございました。
当サイト*BAG*では只今このお話に登場する山田真澄を主人公とした長編を連載中です。
よろしければ此方も是非覗いてみてください。
モリコ
2012/11/22