吸血鬼と言っても人間の血液以外摂取しないわけではない。
血は栄養素の一種であるが肉も野菜も、そしてこの前のように酒も飲む
昼食をとるために俺は街へ出て食事をするのに店を探していた。
そこてふっと気づいた。
彼の香りだ。
どこだろうと俺は香りに惹かれ歩いていくと街のはずれに近いところで彼を見つけた。
政宗は飴売りからたくさんの飴を買っている。
あんなにどうするのだろうかと俺はこっそり見ていると彼は飴の入った袋と大きな荷を持ってここから近い貧民町へと歩き始めた。

貧民町は目を背けたくなるほどにひどい。
皆、働いても働いても金にならずろくに食事もできず、そして体を壊して死ぬ者がほとんどだ。
子供達は親を亡くしてそして食べるために窃盗をするようになる。物乞いで命を繋ぐものもいる。
ここに落ちるとまず抜け出しことは難しく一生をここで過ごすことになる。

こんなところに一体何のようなのだろうか。
政宗がその町に入るとすぐに子供らが彼に気づいて駆け寄ってきた。
彼はその子たちにさっき買ったたくさんの飴を配っていく。
子供達も喧嘩をせずに政宗からもらった飴に礼を言う。
手際の良さから度々政宗がここで子供達に菓子を与えてるのがわかった。
興味深く俺はその様子を見ていた。
そのうちの子供達が彼の手を引いて藁葺きの粗末な家に入っていった。
何をしているのだろうか。
少ししてそこから出てくるとまた子供達に連れられて他の家に入って行く。
俺は家に近づき聞き耳を立てた。

「お医者様、いつも本当にすみません」
「大丈夫だ。針も効いているからすぐに良くなるぜ」
「はい、このところかなり楽になってきました」
「薬置いておくな。忘れずに飲めよ?」
「お代も払えませんのにお世話になるばかりでどうお礼をすればいいか…」
「気にすることはねえよ。お大事にな」

彼が出てくる気配を感じたので俺はそこから離れた。
どうやら政宗は薬師でなく医者だったようだ。
何件も家を回り、病人やけが人を無償で治療しているらしい。
それで薬を売るだけじゃ金が足りなくなるのだろう。
彼の周りには正の感情、すなわち人間の喜びの感情が溢れかえっている。
俺はなぜかそれが羨ましく思えた。
満月に血を求め、浅ましく彷徨い歩く己とは大違いの世界だった。
彼の優しさを感じ不思議な気分になる。
言葉では言い表せない感情だ。
政宗が街へもどろとしているようなので俺は彼に声をかけた。

「政宗」

彼は振り返り慌てたように後ろに数歩下がった。

「こ、小十郎、こんなところで何をしてんだ」
「用があった。お前は?」
「オレも用があったんだよ」

言うつもりはないようで政宗はしょたいなさげにしている。

「飯がまだなら付き合わないか?」


適当に入ったメシ屋で注文を終えてから俺は切り出してみた。

「いつもああやって無償で治療を施しているのか?」

政宗は一瞬目を大きくさせて続けてうつむいた。

「見てたのか…」
「……恥じる行為ではないだろう」

彼には似合わない情けない顔で言った。

「でも皆は馬鹿にしてくるしな」
「馬鹿に?なんといって?」
「見返りもないのに、偽善でしかない、とか…」

偽善……小十郎は先ほどの空気を思い出した。
彼の行く先々は彼の愛で、優しさで喜びに満ち溢れていた。
人でない己が羨むほどに。
人間がそれが愚かだろ蔑むのだろうか。

「偽善だろうが皆が喜んでいたのだからそれでいいと思うが」

思ったままに言うと政宗は少し嬉しそうに笑った。
そのうち料理が運ばれていく。
彼が何者なのかまだ知らないが、食事作法は美しいものだった。
食欲も旺盛なようだ。
それを少し笑いながら見て俺も箸を持った。

「その年で医者なのはすごいことだな。一体どこで医術を学んだんだ?」

彼は食べる手を止めて言った。

「父が宮廷の医務官だったんだ。だから父に色々仕込まれたんだ。ゆくゆくは手伝ってもらわないと、という名目でな」
「なんだ官職者なのか。そんなお前が薬を売ったり何故あんないかがわしい店で働いているんだ」
「元医務官だったんだ。宮中の権力争いのゴタゴタに巻き込まれて父は職を剥奪の上、打ち首に。俺も非人に落とされた」
「そうか。それはさぞ無念だっただろうな。開業できない理由はそこにあったか」

政宗は俺をちらりと見る。

「なんだ?」
「それだけか?」
「それだけとは?」
「非人な俺をバカにしねえのか?」
「武士だろうと非人だろうとお前はお前だ。何も変わらねぇ。身分になど興味はない」
「そうか…」

政宗は下唇を噛んで少し考えてるようだが、再び箸を持ち食事を続けた。
実際俺には人間の身分階級という縛りが理解できなかった。
そんなもので人の価値が変わるなど、それこそばからしいと思うのは、俺には関係ないものだからだろうか。
だか少なくとも彼は自分が非人であることを気にしているらしい。
なんとなく元気が無くなった気配に俺は空気を変えることにした。

「ほら、もっと食え。料理が冷める」
「そうだな」

彼は少しだけ唇で笑うと料理を平らげていった。

「お前は何でも肯定してくれるんだな?」
「うん?」
「いや、何でもねえ」

彼は一口、二口と口に料理を運んだ後、クスクス笑って食事を続けた。
彼が笑ってくれるのが異常に嬉しかった。
しかし本人はそんな俺の気持ちなど気づいていない。



俺は何日も彼を見続けていた
貧民町での無償の治療だけでなく、迷子の子供を見れば母親を探してやり、歩くのが辛そうな老人がいれば手を引いてやり、妊婦を見れば荷物を持って家まで送って行ってやる
始終そんな感じで彼はどんな人間にも優しかった。
そしてその優しさは俺にも向けられる、例えばこうだ。
町で偶然会って挨拶をすれば彼は少し怪訝な顔をする。
俺の手を引いて道の端によると脈を取り俺の下まぶたをめくる。

「やはりな。お前、貧血を起こしている」

そう診断されて思わず笑いそうになった。
しかし確かに満月が近づいてきてるのだからそろそろ血が欲しくなってきている。
だが吸血鬼に貧血か…。
彼は荷物から薬を出して俺に渡した。

「この薬を飲んで栄養のある食事をしろ。放っておくと倒れちまうぜ?」

俺はいたずらに言う。

「お前の血が欲しいな。」

そう言うと彼が持つ呪符が反応したが、政宗は冗談と受け取って笑った。

「やりたいのはやまやまだが、血には種類があるんだ。薬ちゃんと飲めよ」

彼は薬の代金を受け取ろうともせず、去って行った。
俺は渡された薬を見て胸が温かくなる。
なんだろうこの気持ちは…。



店に行くと必ず彼が出迎えてくれた。満月が近い。
もともと香りが高い彼の血の匂いが俺をくらくらさせてくる
酒を注ぐ彼の胸元から細い紐が見えた。
呪符の紐だと俺は分かっていたが言った。

「それは?」

俺がさすので政宗は胸元を見た
ああ、と胸元から呪符を出した。
俺を牽制するように呪符が力を放つ。
俺は眉をしかめたが政宗は何も感じないように呪符を卓においた。

「何でも魔除けらしいぜ?」
「…ほう」
「前に治療した奴が代金を払えないからと渡してきたんだ」
「これを譲ってくれねぇか?」

政宗は不思議そうな顔をした

「こんなものを?」
「10両でどうだ」
「構わねえが魔除けが欲しいのか?」

政宗は呪符を俺の前に出した。
呪符は持ち主を離れ効力を失った。
俺は代金を彼の手に渡そうとしたが、彼はその手を遮る。

「いらねえよ。役に立つならやる」

政宗が俺の手に触れた。

「ずいぶん手が冷たいな?」

俺はさっと手を引いた。
吸血鬼化が始まってる証拠だ。

「外気が冷たかったせいだろう。なんともない」
「そうか?調子が悪かったら言えよ?これでも医者なんだから」

これで邪魔な呪符はなくなった。
呪符が警戒するように震えた気がした。






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