しばらくして御前や酒が運ばれてきた。
さすがに料理も酒も一流なものだと感じる。
元親のとなりで膳を囲み酒瓶を盃に傾ける、政宗。
すぐ傍に政宗の体温を感じてドキドキする。

政宗からは羅国の香りが立ちこめている。
その香りは政宗に似合い、そして強過ぎる事も弱過ぎる事もない。
こんな風に香を炊きしめるのにも技量がいるが、この男ならそれほどの事なんなしにやってのけそうだ。
それにともない匂い立つ男の色気。
それが、艶美な雰囲気として香る。
政宗の振る舞いには気品もある。

近くで見る政宗の顔は、きめ細やかな白い肌をしており、
鼻は主張しない程度に高く、少し薄い唇にはどこか皮肉めいた色が見える。
長い睫毛には蝋燭の火でできた影が出来ていて、この一つだけの目で見つめられると強い光と妖しい魅力に囚われ、言葉もでなくなってくる。

「ずいぶんこうしているが床入りしなくていいのか?」

政宗が少しだけかすれた声で言った。


この男を抱くというのか。
男を抱いた事は一度もない。
そもそも男にこういった感情を持ったことはないのだ。
この男を組み敷く…そしてその先は…?

元親はしばらく政宗を見つめてから、首を緩く横に振る。

「あー、悪ィが…帰るぜ」
「Um?やっぱ男は無理なのか?」

気を悪くした風でもなく、どこか浮世離れした妖艶な笑みを向ける政宗に魅せられながらも、元親は立ち上がり遊郭を出て行った。






船の甲板で鉄柵にもたれ、ぼんやりと波が立つ様子を見ていた元親に部下が声をかけた。

「アニキーどうしたんすか、昨日からずっと元気ねぇですぜ?腹でも壊しちまいましたか?」
「いや、そういうわけじゃねえんだが……」
「例の花街の女ですかい?」
「うーん…」
「らしくねえですぜ!そんなに気になるなら奪ってでも、でしょ!」
「…そうだな。よし、お前、この船にある金を全部用意しろ!」


元親は部下に用意させた信じられない程の量の金子を持って花街に出かけた。

政宗の部屋に行くと、政宗がニヤッと笑って迎え出てくれた。

「これから五日間オレを独占する為に金積んだらしいな?」
「おうよ」

やはり政宗の前では、元親は言葉少なくなってしまう。
この男にはどこかうかつには手を出せない、侵しがたい雰囲気があるのだ。
これがこの大きな花街一の男娼というものなのか。

「随分と金を持ってるな?仕事は何をしているんだ?」
「…貿易商だ」

それを聞くと政宗は嬉しそうに聞いた。

「異国との貿易か?」
「そうだ」

元親はどっかりと座った。
すぐに膳と酒が運ばれて来る。

「貿易商ってのは、ずいぶん儲るようだな」
「あー。まあ…そうだな。うん」

元親は少し目を逸らした。

「旦那様、まずは美酒を味わってくれ」
「元親だ」
「旦那様」
「元親だと言ってるだろ」

政宗は面白そうに喉の奥でくくっと笑う。

「引き手茶屋じゃねえがまだオレらは初会だ。馴染みじゃねえ。馴染みになって初めて名を呼ばれるもんだろ?Still eariy」
「そうかい」

元親は唇を歪ませただけで、それ以上は何も言わなかった。

「オレの言葉が通じるんだな、貿易商を営んでるあって異国の言葉が解るのか?」
「ああ。話す事はできねえが相手が何を言っているかくらいはわかるぜ」
「そりゃあ、いい」

政宗は元親の盃に酒を注いだ。



しばらく酒と肴を楽しんだ後、政宗は凄艶に微笑んで言った。

「さあ。今宵は楽しもうぜ」

政宗は立ち上がり元親の手を引いた。
襖を開けて隣の部屋に入る。
そこは蝋燭が一本だけ火をともされ、一組みの蒲団があった。
静かで妖艶たる雰囲気がただよっている。

政宗がそこに横たわる。
横になっているだけなのにどこか優雅で高貴な印象を受ける。
元親はこくっと喉をならす。

触れてはいけないものなのじゃないのだろうか。
この男に触れる価値など己にあるのだろうか。
政宗の麗質さに恐れさえ抱く。

「どうした?」
「あ…、いや…」


うながさせるように元親はそろそろと政宗の上に乗ると、まずは髪を撫でた。
意外と柔らかくそして細い髪だった。手触りがいい。
そのまま手を頬に滑らすと、上質な絹に触れたように滑らかだった。
そして政宗の唇に口づけようとした。
しかし、政宗は顔を逸らしてそれを遮った。

「なんだよ?」
「Kissはだめだ」
「は?」
「オレは客とKissしねえんだ」
「わけのわからねえ我がまま言うなよ。あんたとこうする為に金積んだんだぜ?」
「それは分かってる。でもな、この部屋ではオレがRuleを決める。Kiss以外なら何をしてもいいし、なんでもしてやるぜ?」
「……」

元親は一つため息を吐くと政宗の上から降り、横になった。

「なんだよ、気に入らねえのか?」
「当たり前だろうが」

拗ねたような元親の口調に政宗はくすくす笑う。

「興醒めだ」

そういうと元親は政宗を抱き寄せる。

「興醒めしたんじゃねえのか?」
「今日はこうしてるだけでいい」

元親は政宗の頭を腕に乗せて身体がぴったりとくっつくようにした。

「ここは興醒めしてねえようだが?」

政宗は腿を動かし、元親の下肢のふくらみをさぐった。

「う……おいっ」
「なんだよ」
「口づけさせねえならそんな挑発はやめてくれ」

本当に困った風な元親に政宗は笑う。

「Kiss以外ならなんでもしていいって言ってんのに。抱きしめるだけなんて。こんな事になるのははじめてだぜ」
「いいだろ、俺の勝手だ。大人しくしてろ」

政宗は元親に抱きしめられながら、目を閉じる。
寝るつもりはなかったが、元親の体温が温かくて堅い腕枕が気持ちよくてついついそのまま眠ってしまった。





「…ね。…むね…。おい、政宗」

身体が揺すられて政宗は一つだけの目を開けた。
すぐ傍に紅い目と蒼い目があった。

「オレ…眠っていたのか…?」
「ああ、ぐっすりとな。もう朝だぜ?」

政宗はまだ眠そうにぼうっとしている。
その様がいつもの凛とした政宗とちがって元親には愛らしく思えた。

「人に抱かれた状態で眠っちまったなんてな…。初めてだぜ…」
「そんなにオレの胸が気に入ったか?」

揶揄うように元親はそう言った。
皮肉な言葉が返ってくるとばかり思ったが、予想とはずれて「ああ」と政宗はあっさり肯定した。
急に照れくさくなる。

「腹が減ったな」

照れくさいのを誤摩化す為にそんな事を言ってみる。

「そうだな。おい。いるか?」

政宗は襖の向こうにいる禿に声をかけた。

「あい」
「朝餉の用意をしてくれ」
「あい」

結局また政宗の身体を味わうことなく、元親は朝餉を平らげると政宗に見送られ船に帰った。











■次へ
■おしながきに戻る
■異世界設定小説に戻る
 

















- ナノ -